無料会員募集中
.国際  投稿日:2021/4/24

日米首脳会談の光と影(下)


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・日本は最重要パートナーだが、同盟の対等な役割果たしていないとの指摘。

・日本が憲法を理由にするなら、米は尖閣を防衛すべきでないとの声も。

・菅首相の言明が空約束で終わる事態招きかねない日米同盟悪化を懸念。

 

日本の防衛に関するこうした点へのアメリカ側の関係者や識者の本音に近い見解をごく一部とはいえ紹介しておこう。

日米防衛協力に長年、第一線で関与してきたアメリカ海兵隊元大佐のグラント・ニューシャム氏は日本側の英文メディア「JAPAN Forward」への首脳会談についての寄稿論文で皮肉っぽく述べていた。そのうえでの日本側への警告を発していた。

「日本は恋に夢中な少女が相手の青年に会うたびに『私を愛しているか』と問うようにアメリカに対して何度も何度も『尖閣を守ってくれるか』と迫るが、自国の尖閣防衛強化がみられない

「中国人民解放軍の戦力は最近、格段と強化され、尖閣への攻撃もアメリカの防衛誓約の言葉だけでは抑止の効果が薄れてきた。とくに日本側が独自の防衛の能力や意欲を示さないと、せっかくの米側の尖閣への日米安保条約第5条適用の実効も消えかねない

「日本がいま防衛に関してアメリカ側に最も痛切に求めるのは尖閣防衛のための米軍の攻撃能力の増強だろう。だが日本側は日本自身が軍事能力を向上させることがその米軍のそのための戦力を高めるのだということを理解していないようだ」

ワシントンの主要研究機関、ハドソン研究所前所長のケン・ワインスタイン氏は今回の日米首脳会談について日本はいまやアメリカの最重要の同盟国となるを同研究所サイトなどに発表した。同論文はこのバイデン・菅会談が「日本をアメリカの完全で対等なパートナーへと変容させる加速の機会だ」とする期待を表明していた。

ただしワインスタイン氏は日本は現段階では同盟の対等な役割を果たしていないとして以下の点を強調していた。

「日米共通の脅威である中国との戦略的競合の前線国たる日本はまず自国領土への中国の侵略を抑止する能力を高めねばならない

「日本は自国の防衛を少しずつ強化はしているが、アメリカとの効果的な共同防衛にはなお不十分で、いまの防衛態勢を実効ある抑止態勢へと変える必要がある」

「この不十分な現状は日本の憲法にも原因がある。アメリカは戦後、日本の戦力を奪い、国際紛争の解決でも軍事力の行使を禁止する特殊な憲法を押しつけた。このことがいま効果的な日米共同作戦や日本自身の予防攻撃能力への障害となっている」

ワインスタイン氏は安倍政権時代にできた平和安保法での日本の集団的自衛権の限定行使ではまだまだ不十分だと主張するのだった。日本の憲法については当時はアメリカ占領軍による押しつけだったにせよ、その後、日本自身で変えることができたははずだ、というわけである。

日本の軍事忌避によるアメリカとの同盟強化の遅れが日本の憲法のせいだとする指摘はなにもワインスタイン氏だけではない。ちなみに同氏は保守系の学者である。

だがバイデン政権にもきわめて近い民主党のリベラル派のベテラン下院議員も同じ趣旨の意見を議会で表明してきた。

下院外交委員会の有力メンバーのブラッド・シャーマン議員だった。カリフォルニア州選出、当選11回という古参議員である。シャーマン議員は下院外交委員会の東アジア安全保障などに関する公聴会で少なくとも2回、日本とトランプ政権の政策の両方を批判した。いずれもトランプ政権時代だった。

▲写真 ブラッド・シャーマン議員 出典:米議会下院ホームページ

シャーマン議員の指摘は同じように日本の憲法を批判の対象としていたが、表現はもっとずっと過激だった。

「日本は長年、アメリカの同盟国として米軍に防衛されてきたのに、9・11の同時多発テロのようにアメリカが攻撃されても、欧州の同盟諸国とは異なり、アメリカを助ける戦いには参加しなかった」

「アメリカ側がその点を批判すると、日本はいつも憲法の制約を理由に出してくる。だが日本側で『日本を長年、助けてきたアメリカがいま苦しんでいるのだから、憲法を一部、変えてでもアメリカを助けよう』と発言した日本の政治家は一人もいない」

こう述べたシャーマン議員は「日本が憲法を理由に有事にアメリカを助けないという現状ではアメリカは日本のために尖閣諸島を防衛すべきではない」として、トランプ政権の尖閣防衛策に反対したのだった。私は同議員のこの発言を2回とも公聴会の場の至近で聞いた。

今回の日米首脳会談の背後には実はこうした複雑多岐で歴史の長い大きな影も広がっているのである。そしてなによりもこの会談での菅首相の言明が空約束だけで終わるという事態が招きかねない日米同盟の悪化を懸念するのだ。

(終わり)

 ***この記事は日本戦略研究フォーラムの古森義久氏の連載コラム「内外抗論」からの転載です。下2回に分けて掲載しました。

トップ写真:首脳会談後に共同記者会見に臨む菅首相とバイデン大統領(2021年4月16日 ホワイトハウス) 出典:Doug Mills-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."