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.社会  投稿日:2021/5/25

開戦も開催も大義名分なし「コロナ敗戦」もはや不可避か その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・80%超が「中止か再延期」望む中、五輪強行で絆など取り戻せない。

・対米開戦「反対」の山本五十六連合艦隊司令長官も旧日本軍を止められず。

・「進むも地獄、退くも地獄」、本当に五輪中止は不可能なのか。

 

昭和の戦争について大東亜戦争という呼称を好んで用いる人が、今もいる。日本は欧米列強による植民地支配からアジアを解放すべく戦ったのである、と。

誰もが知る通り、この戦争は日本の無条件降伏をもって幕が引かれ、戦後、日本を占領統治したGHQ(占領軍総司令部)は、この呼称を用いることを禁じた。今ではこの禁止令の効力はないが、マスメディアなどでは一種のタブーとなっていたことは事実である。

このことがかえって、この呼称にこだわる人を増やす結果を招いたこともまた事実で、なんとも皮肉な話だが。

私自身は、もっぱら「アジア太平洋戦争」と呼んでいるが、これはどういうことかと言うと、大東亜戦争なる呼称は、米国との戦争が始まってから後づけで考え出されたものなので、歴史的呼称として不適当だと考えるからだ。

もう少し具体的に言うと、真珠湾攻撃が日本時間の12月8日で、この日に宣戦布告がなされたが、10日に招集された最高戦争指導会議において「大東亜戦争」の呼称を採用すべきとの提案がなされ、同日に閣議決定されたのである。

海軍は「太平洋戦争」もしくは「対米英戦争」を提案したが、日中戦争を継続する大義名分との整合性がないとして却下された。読者はすでにお分かりであろうが、この時点ですでに、

「アジアを解放するための戦争と、中国大陸における権益を守る戦争を同時に遂行する」

という、大いなる矛盾が生じていたわけだ。

今次の五輪開催についても、5月14日に閣議後の定例記者会見で、開催の意義について問われた丸川珠代担当相は、

「絆を取り戻すため」

と回答しているが、世論調査では80%以上もの人が「中止もしくは再延期」を望む中で開催を強行して、どのような絆を、またどうやって取り戻せるのだろうか。

▲写真 丸川珠代・五輪担当相 出典:Du Xiaoyi – Pool/Getty Images

もともと昨年の開催が決定した時に、東日本大震災からの復興を早めるため、という大義名分が掲げられ、その名も「東北復興五輪」などと呼ばれたが、これは結局、人口に膾炙することさえなかった。被災地で開催するならまだしも、ほぼすべての会場が首都圏に集中しているとあっては、誰もそんな呼称など信用しない。

東北出身のサンドイッチマンというお笑いコンビが、

「ちょっとなに言ってるか分かんないですけど」

というネタをよく使うが、まさしくこういう時に使う言葉ではなかったか。

コンパクトでエコロジカルな大会などという、妙なカタカナまじりの標語もあったが、そう言って招致しておきながら、蓋を開けてみれば史上空前規模の投資が必要になった。

東北復興については、海外のマスメディアが、福島第一原発の汚染物質処理は本当に大丈夫か、と心配する声を上げたのに対し、安倍前首相は自信満々に、

「完全にコントロールできている」

と言い切ったものだ。現実には、五輪開催まで100日を切った時点でなお、汚染処理水の海洋投棄の問題で、地元漁業関係者から強い反対の声を受けている。これについては、

「中国や韓国が反対し、これに同調する原発反対派が煽っているだけ」

などという声もよく聞かれるのだが、こうした問題がまったく起きないようであってはじめて「完全にコントロールできている」と言い得るのではないだろうか。

そうかと思えば、TV放映権料の都合で、具体的には他の大きなスポーツイベントがないという理由で7月に開催すると決めておきながら、やはり真夏の東京は酷暑だということで、花形競技であるマラソンが札幌で行われることになってしまった。

今年に入って、様々な競技で予行練習と最終選考を兼ねる「プレ大会」が開催されているが、これがまた悪評ふんぷんである。

たとえば射撃だが、陸上自衛隊の駐屯地で開催したものの、女子更衣室が準備されておらず、やむなくトイレで着替えた選手がいたという。

他にも多くの種目で、選手がホテルに軟禁状態となって弁当のような食事しか供されず、

「日本食や自由時間の外出を楽しみにしていたのに……」

という不満の声がさかんに聞かれる。

本番では、選手の家族も入国を認められない見通しであるため、女子サッカーでは子供を持つ選手が代表辞退すべきか悩んでいると聞くし、すでに

「お・も・て・な・し」

の実態はどこにも存在しないのだ。

いや、それどころの騒ぎではない。大会期間中、選手や関係者が出歩かないように「監視員」を配置するとか、海外の要人が来日しても、選手との接触は禁じるとか、これではまるで戦時捕虜である。

日本の選手団も含め、コロナとの戦いとの「二正面作戦」を強いられるからこうなるのだが。これでは大会のよい思い出を持ち帰ることなど期待できまい。だからこそ、多くのアスリートが開催を疑問視する声を上げるまでになったのではないだろうか。

▲写真 大会期間中もコロナとの戦いとの「二正面作戦」を強いられる。写真はイメージ。 出典:Carl Court/Getty Images

再び昭和の戦争について述べさせていただくと、当時でも、対米開戦に反対する軍人はいた。もっとも有名なのが連合艦隊司令長官・山本五十六大将で、彼は米国駐在武官の経験があり、つねづね、

「デトロイトの自動車工場とテキサスの油田を見ただけでも、日本が戦争して勝てる国ではないことが分かる」

と語っていた。しかし、これを旧日本軍のコンセンサスとすることはできなかった。

突然なにを言い出すつもりか、と思われたかも知れないが、女子柔道の元日本代表(1988年ソウル五輪で銅メダル)である山口香JOC理事が5月19日、共同通信の取材に対して、

「国民の多くが疑義を感じているのに、IOCも日本政府も、大会組織委員会も声を聞く気がない。平和構築の基本は対話であり、それを拒否する五輪に意義はない」

と明確に述べた。このように正論を堂々と開陳できる人がいたことは大いに心強いが、前にも述べた通り、中止なら中止の決定をする権限はIOCにしかなく、この声に耳を貸すとも思われない。

山口理事はまた、こうも語った。

「(開催可否の判断は)もう時機を逸した。中止の準備をする時間はない。やめることさえできない」

たしかに、そうかも知れない。大会自体は4年おきに開催されるが、開催国にとっては世紀に一度あるかないかの大イベントで、中止することになった場合の混乱も通り一遍のものではあるまい。

いわば「進むも地獄、退くも地獄」だが、本当に中止は不可能なのか。次回以降も、様々な角度から検証を続けよう。

その1その2

トップ写真:東京・台場の海に設置された五輪のロゴ(2020年3月25日) 出典:Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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