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.社会  投稿日:2021/5/25

朝日新聞の悪魔化語法ふたたび


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・朝日新聞に、「悪魔化誤報」の実例が「天声人語」に再び登場。

・戦前の特高警察と名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性の死亡を結びつけて書いていた。

・朝日新聞は自らの敵への攻撃のために、無関係の2点を同一に重ねあわせている。

 

言論の世界での悪魔化」(demonization) とは、特定の相手をののしり、評判を貶めるために邪悪なレッテルを貼る語法のことである。その相手とその邪悪な存在とはなんの関係もないのに、両者を重複させて、相手を現実とは異なる悪魔のような存在にみせかける、という攻撃方法だともいえる。だからプロパガンダとも虚構の政治宣伝とも呼ぶことができる。

朝日新聞はこの悪魔化が大好きのようだ。そのためによく使う「悪魔」はまずナチスである。その次には戦前の日本軍国主義のようだ。そんな実例をこのコラムでも何回も紹介してきた。

要するに、すでに悪の判定が下された過去の事例のレッテルを現在の人間や組織にべったりと貼りつける悪質な言語利用法である。だがその過去と現在の間にはなんのつながりも存在しない。卑劣な連結語法なのである。

朝日新聞にまたその実例が登場したので紹介しておこう。

つい先日の5月22日、朝日新聞の朝刊1面のコラム「天声人語」の記述である。

まず冒頭に以下の文章があった。

<戦前の特別高等警察、略して特高は反体制運動を弾圧した。治安維持の名の下、捕らえた人の扱いは熾烈をきわめた。プロレタリア作家小林多喜二を拷問して死に至らしめたのは有名な話だ>

この記述の後に特高も当時は国内の治安維持という主要任務の延長として入国管理的な仕事をすることもあった、という趣旨の記述があった。

そしてその原文は以下のように続いていた。

<もしやかつての体質を引きずっているのではないか。そう思わせる現代の入管である。名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性サンダマリさん(当時33歳)の死亡した衝撃はあまりに大きい>

「かつての体質」というのは特高の体質という意味である。

そして上記の文章の後に続くのは、いまの入国管理局に対する批判だった。その批判の土台は「いまの入国管理当局は特高と同じ」という悪魔化による大前提だった。

2021年の日本国の入国管理局と1930年の大日本帝国の特高とどんな共通点があるのだろうか。1933年に起きた作家、小林多喜二の死が拷問の結果だとしても、そのことが今回のスリランカ人女性とどんな関係がある、というのか。百歩、譲って、もし万が一、この女性の死が拷問死だったとしても、戦前の特高となにか関係でもある、というのか。要するにみな筆者の思い込みが基盤となる主張なのである。

この朝日新聞記事は冒頭で特高を悪逆非道の組織、つまり悪魔の組織として断定し、それから80年後の日本の入国管理局がその特高の「体質を引きずっている」と断ずるのだ。だがその証拠はなにも提示されない。

そもそも戦前の日本の体制下でのプロレタリア作家の「拷問死」を現代の日本のスリランカ女性の死と重ねるという発想は、あまりに一方的、主観的で情緒的にすぎる。

まず第一に、スリランカ女性の死の詳しい事実関係はわかっていない。だが80年前の日本人作家の死と同じだとの勝手な推定が全面に押し出される。

第二には、80年前の特高と現在の入国管理局が同じ体質を持つという推定の根拠もなにも提示されていない。

特高の最大任務は日本国内の治安の維持だった。一方、いまの入国管理局にはそんな任務はない。英語の表現を借用するならば、リンゴとオレンジを混ぜているようなものだ。

要するにこのコラムは本音として「いまの日本の入国管理局は戦前の特別高等警察と同じ体質だ」と断定しているのだといえる。だがその客観的な証明は記されていない。筆者がただそう思うから、そう書く、という次元の記述なのである。日本の入国管理局の名誉を棄損することともなりかねない。そもそも戦前の日本と現在の日本との根幹での相違を無視しているのである。

朝日新聞はこの悪魔化筆法ではよくナチス・ドイツを使ってきた。ヒトラー独裁下のナチス政権のユダヤ人大虐殺に始まる蛮行は、戦後の世界では悪魔に等しい邪悪の行動として定着してきた。

朝日新聞は自分たちの敵、たとえば安倍晋三政権の政策や人物をそのナチスのどこかに結びつけて、「ナチスに等しい」「ナチスと同様の」と頻繁に断じてきた。今回はナチスのかわりに日本の特高警察が使われたのだ。

今回のスリランカ女性の死は当然ながら悲劇である。起きてはならない出来事だったともいえよう。だがその死について考えるときに、80年前の日本人プロレタリア作家の死と重ねあわせる、というのは異様である。その連結にはなんの根拠もない。

いまと80年前とでは日本も、世界も、そこで生きる人間個人も、その個人を扱う政府のあり方もみな大きく異なるのだ。

朝日新聞はそれらの現実を無視して、ひたすら自らの敵への攻撃のために、無関係の2点、2件を同一に重ねあわせているのである。

トップ写真:朝日新聞東京本社(1994年2月1日) 出典:Bernard Annebicque/Sygma/Sygma via Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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