米台中三極関係を読む(中)~「一つの中国」原則の空洞化~
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米中両国は1979年の国交樹立以来、「一つの中国」原則で合意してきた
・トランプ政権以降、この原則を構成する要素が変わった。
・その原因は、中国の侵略的な膨張に対して米で超党派の反発が高まったこと。
中国問題の権威ロバート・サタ―氏はさらにアメリカ、台湾、中国という三極の関係について質問に答えて、現状の分析や将来の予測を語った。
アメリカと台湾との関係を計測する際に常に浮かんでくる規範は「一つの中国」原則である。
「一つの中国」とは米中両国が1979年の国交樹立以来、合意してきた「中国全体での唯一の主権国家は中華人民共和国であり、台湾はその一部」だとする趣旨の政策である。
この原則に従えば、台湾は独立した国家ではない。独立した政府でもない。だからアメリカは台湾という存在を正規の国家とも政府とも扱ってはならない、ということになる。
ただしアメリカ側ではその政策はあくまで中国の主張であり、アメリカはその主張を単に認識するだけとの解釈もある。
だが中国側はこの「一つの中国」原則を最も徹底した意味に解釈して、アメリカが台湾に対して、ふつうの国家や政府並みの扱いをすれば、それはもうこの原則に違反するとして激しく抗議するのである。
このあたりのサタ―氏の見解を尋ねてみた。
その一問一答の内容の紹介を続けることとする。
――バイデン政権が台湾に対して中国が不満をきわめるようなアプローチをしているとなると、中国側からすればアメリカは米中両国間の基本合意だとされる「一つの中国」の原則にも違反したとみているといえますね。
サタ―氏:「そういうことになります。アメリカと台湾との関係の最近の強化は米中関係の伝統の枠組み『一つの中国』を実質上、すでに変えてしまったといえるのです。アメリカ側での『一つの中国』の原則を構成する要素が変わりました。
この変化はトランプ政権以来です。アメリカの中国に対する姿勢や動きの大きな変化が相関関係のような形で台湾に対する姿勢や動きを変えたのです。その結果、『一つの中国』政策のアメリカ側での内容を変え、枠組みさえも変質させたのです」
以上のようなサタ―氏の説明は簡単に表現すれば、アメリカ側の対中政策が変わったのだから、その一環である「一つの中国」原則も変わったのだ、という意味である。ただしその原則の公式の権限や趣旨は変わってはいない、ということだろう。
サタ―氏の説明によると、この種の動きを総合すればアメリカの歴代政権が対中政策の基本指針としてきた「一つの中国」政策に沿う動きとは大きく変わり、同原則による枠組みをも変えたことになる。
となると、そこでまず浮かぶ疑問はいったいなにがそんな変化を起こしたのか、である。その点を質問してみた。
――では最近、アメリカ側の「一つの中国」政策の構成要素を変えたその原因とは具体的になんなのでしょうか。
サター氏:「ます中国の侵略的な膨張に対してアメリカの国政の場で超党派の反発が高まったことです。その結果、アメリカの台湾への接近が中国の反発を招き、米中関係全体を決定的に悪化させることへの懸念が減りました。中国のあまりの無謀がそもそもの原因だから台湾問題でとくに中国のさらなる反発を生んでもやむをえないという認識の広まりです。
同時に台湾への支援の増大はアメリカだけではありません。アメリカの同盟国、友好国の多くも台湾への接近や支援を増すようになりました。その結果、アメリカの台湾接近が国際社会のより多くの諸国から支援されるようになったのです」
――台湾自身の身の処し方もアメリカのそうした友好姿勢を強化させる原因になったのではありませんか。
サター氏:「そのとおりです。台湾の蔡英文政権は自主自立の道を進みながらも中国に対してはあくまで慎重な政策を保っています。突然の独立宣言によって中国を追い詰めるような言動をとらない、抑制を効かせた姿勢を明確にしています。
▲写真 蔡英文中華民国総統(2020年1月11日) 出典:Carl Court/Getty Images
その一方、台湾の民主主義の成熟や高度技術の発展は国際社会で評判を高め、その台湾への高圧的な態度をとる中国への国際的な反発を高め、アメリカの変化の支えともなっています。
中国の現在の台湾戦略は軍事、外交、経済の各面で圧力を強め、中台関係の現状を中国に有利に変えようとしています。その中国の戦略がうまく進めば、アメリカにとってインド太平洋全域での地位が侵食されることになります。押し返しが不可欠となったわけです。台湾への支援の増大はその押し返しの一環でもあるのです」
サタ―氏は以上のような分析を総括すれば、アメリカ側はすでに「一つの中国」政策を実質上、空洞化してしまったともいえそうである。
サタ―氏はさらにアメリカがたとえ「一つの中国」策を実質上、放棄しても台湾との絆をさらに強化するだろうと述べるとともに、中国の態度について注視すべき見解を明らかにしたのだった。
(下につづく。上。全3回)
トップ写真:G7サミットに出席するバイデン米大統領(2021年6月13日)
出典:Richard Pohle-WPA Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。