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.経済  投稿日:2021/6/30

はたして世界はインフレになるのか? 欧米日覆う「不確実性」の雲


神津多可思(株式会社リコー・フェロー)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・コロナ禍が契機だが、米欧の「大きな政府」化は構造的な変化。

・米国経済圏と中国経済圏の分断が世界の需給に影響か。

・日本に特有の不確実性。再びインフレ率が高まる可能性も

 

米国のインフレ率の上昇をみて、国際金融市場はこれをどう解釈するのか悩んだようだ。確かに、商品市況をみてもさまざまなモノの価格が上がっているし、欧州でも5月の消費者物価は前年比2%、欧州中央銀行(ECB)のインフレ目標率に達した。日本の消費者物価は、やっと水面上に顔を出した程度で、むしろまだデフレ懸念が色濃く残っている。それでも世界を見渡すといよいよインフレが来るのかという気もする。

■ 需要は戻っても供給が追いつかない

米国の消費者物価は、4月に前年同月比4%台に乗り、5月には同5%と、数字をみる限りインフレが加速している。しかし米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、この物価上昇は一時的と言っている。昨年末から春先にかけて、国際金融市場は、インフレ率が高まれば長期金利も上昇するはずと判断したようだが、最近ではFRBの言うことに耳を傾け、金利上昇も一服している。

FRBが一時的な物価上昇と判断したのは、まず、昨年の経済活動が著しく抑制された状態にあったからである。ワクチン接種が進み経済活動が再起動している現在と前年を比べれば、インフレ率が高くなるのは当然というわけだ。またコロナ禍で、昨年は需要も供給も大きく後退した。人々が職場に行けなくなったのだから、それも当然だ。現在は、人々が動き始めているので需要は戻っている。

しかし、どうも供給のほうはすぐに元通りというわけにはいかないようだ。米国の人口100万人当たりの新規感染者数は、減ったとはいえまだ日本の3倍。モノの生産、配送、サービスの提供が正常化するまでには、時間もかかる。そのため、一時的にはどうしても需要超過になり、インフレ圧力が強くなる。

■「大きな政府」という先進国の構造的変化

こうした理屈は日本にも適用できるはずだが、需要回復は、変異株による感染拡大への懸念もあって、米国ほどは力強くない。したがって、欧米先進国に比べると引き続き物価の上がらない国のままになりそうだ。といっても、デフレ再来という感じではない。

FRBは、インフレ率について、2022年以降は概ねインフレ目標の2%程度と予測している。2%という数字は米国の過去の実績からしても、決して高いものではない。もっとも、そんなにうまく行くかという疑問は残る。コロナ禍の前と後で、先進国の財政支出のスタンスが大きく違っている。米国や欧州の「大きな政府」化は、決して2021年だけのことではない。コロナ禍を契機とはしているが、格差の拡大や地球環境問題の深刻化が背景にある構造的な変化だ。したがって、拡大する財政支出を通じた需要増はしばらく継続し、それによってインフレ率が2%をかなり上回る状況が続く可能性がある。

▲写真 新型コロナウイルス拡大で一時閉店を告げる日本料理店(2020年3月28日 米・ニューヨーク) 出典:Bill Tompkins/Getty Images

もちろん、民主主義国家では、こうした方針の転換は常に再転換の可能性がある。その意味で、今年のドイツの首相交代、来年の米国の中間選挙、フランスの大統領選挙などの帰趨は重要な意味を持つ。そうした不確実性があるので、国際金融市場もいまのところはFRBの言うことにとりあえず納得しているのだろう。

■米中経済圏の分断はどう影響するか

もう一つ、世界の需要と供給の面での不確実性は、コロナ禍後の米中対立の影響だ。思い返せば1990年代以降、30年もの間、世界経済はより統一され、ヒト・モノ・カネがいっそう自由に動くという方向に進んできた。だからこそ、ビジネスの世界でも身軽な経営、高効率化が目指されてきた。しかし今回のコロナ禍で、ヒト・モノの動きが遮断される、いわゆるサプライチェーン・リスクがあることを世界は実感した。また、米国経済圏と中国経済圏という分断が、程度は分からないが定着しそうな気配である。ヒト・モノ・カネの自由な動きが、これまでのようには期待できないことが、世界の需要と供給にどういう影響を与えるか。

よくわからないことがある状況では、様子見も合理的な選択に違いない。しかし、様子見であるだけに、何か追加的な情報が入ると、急な動きがうまれがちになる。当面の国際金融市場はそんな展開だろう。

▲写真 高齢化が進む日本(イメージ) 出典:Takahiro Yoshida/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

日本はどうか。デジタル化、グリーン化、コロナ禍対応と、いろいろな面で世界に置いていかれている感が強い。それでも世界の動きと反対にはいかないだろう。加えて、高齢化や人口減少が経済に与える影響が、じわりじわりと強くなる。それがインフレやデフレにどのような影響を与えるかも話は複雑で、結論はいろいろに考えることができる。これが当面の日本特有の不確実性だ。

不確実性の下では思い込みや決め付けは判断を誤る大きな原因になる。欧米の「大きな政府」化、米中対立、国内の超高齢化。どれをとってもこれまでになかったことだ。そうした中で、これまでインフレにならなかったからこれからもインフレは来ないと考えるのは、一種の思考停止だ。日本はもともと多くのモノについて自給ができない国だ。今後の物価を考える時、再びインフレ率が高まる可能性も心に留めておきたい。

トップ写真:イメージ 出典:Spencer Platt/Getty Images




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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