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.国際  投稿日:2021/8/4

中国とはどんな国家なのか 最終回 自国民監視と抑圧のテクノロジー


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国にとってテクノロジーは対外的野望の大黒柱であり秘密が不可欠。

・テクノロジー関連のデータは真実を示さない。

・軍用・国民監視抑圧用の経費も不透明。

 

さて中国の国家像の虚実を知るための8番目、つまりこの報告での最後の要素はテクノロジーである。テクノロジーとは簡単にいえば、科学技術を指す。

だが中華人民共和国という異形の大国にとっての科学技術は国家の特殊性の本質にからみ、対外的な野望の大黒柱である。だから中国にとって特別の意味を持つ。そして国家の透明性の欠落という特徴とも独特にからみあう。秘密が不可欠の要素ともなっているわけだ。

科学技術の中国にとってのこの特殊性のために、ここではテクノロジーという言葉を使うこととする。アメリカ側の分析で特別の意味をこめた用語でもあるので、そのまま英語の原語を使うこととした。

ヘリテージ財団の「中国の透明性報告」の中国テクノロジーについての報告の要旨は以下のようだった。

【テクノロジー】

ここで論じるテクノロジーとは情報技術とその多数の構成要素を意味する。

つまりinformation technology ,ITのことである。

このテクノロジーはアメリカの安全保障にとって致命的な意味を持つ。

中国にとってのテクノロジーの役割は中国政府自身がまとめた「中国製造2025産業政策計画」によっても光を当てられた。より最近の2021年3月5日には中国首脳部は「第14次中華人民共和国国家経済社会発展5ヵ年計画」と「2035年長期目標概略」を発表した。

これらの計画は人工知能(AI)、生命工学(バイオテクノロジー)、ブロックチェーン (註・暗号技術を使ってリンクされたブロックと呼ばれるレコードの増大するリスト)、神経科学、量子コンピューター、ロボット工学など中国共産党が重点をおいている重要テクノロジーの全体図を示している。

中国政府はさらに5G通信ネットワーク、電気車両充電器具、データ・センター、人工知能、連結工場用の産業インターネット開発など7種の主要領域に焦点を絞り、そのための資金用の合計1兆6千億ドルに及ぶインフラ構想を採択した。

さらに中国共産党の第3の主要計画として「中国標準2035」と呼ばれる野心的な15年計画の構想がある。この構想はインターネット、クラウド・コンピューティング、ビッグ・データ、5G、人工知能のような次世代のテクノロジーのグローバル標準を形成することを意図している。

これらのテクノロジーは将来の情報化時代をだれが主導するかというグローバルの競争を形づくることとなる。つまりその主導役は中国やロシアのような専制国家か、それとも西側やインド太平洋の民主主義国家か、という展望である。

習近平国家主席自身をも含む中国の指導層は情報テクノロジーを第4の産業革命とみなしている。その激しい競争はだれが将来を先導するかを決めることとなる、とみているわけだ。

習近平氏は「人工知能、ビッグデータ、量子情報、生命工学などの一連のテクノロジー革命と産業変革はさらに激しくなっている」と述べている。習氏はこれらの分野での衝撃的な変化は中国がアメリカにとって替わって、グローバルな舞台で優越した地位を占めるための跳躍的な発展への重要な機会を与えることになる、という意味の言葉を述べたのだ。

▲写真 中国、共産党創立100周年を迎える(2021年7月1日) 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images

中国政府は国家統計局、科学技術省、商務省、工業情報技術省、教育省などを通じて科学テクノロジーの研究開発の資金や国家支出を定期的に公表する。

しかしこれらの統計も中国政府が公表する他の数字と同様に、真実の全体図を示してはいない

公式の政府の統計は単に中央政府の各省が自己判断の範囲内で経費をいくら使ったかを示すだけである。その発表数字は中国全土の各省や市や郡にその同じテクノロジー関連の分野で、どれほどの額の公的資金が供与されたかは明らかにはしていない。

そのうえ中国共産党が発表を公認するデータには「中国政府指導資金」のような中央政府がテクノロジーの研究開発や商業化を主導するために半官半民の機関に与える投資基金の明確な内訳などはまったく含まれていない。

さらに中国の公的な研究開発や外部のテクノロジー取得のためのサイバー、人的両方の国家スパイ活動の実態もその経費も、きわめてわかりにくい。その種の経費は「ブラック」と称される秘密予算に埋め込まれており、公開されたデータからではまったくわからないのだ。

過去15年ほどの間に中国はファーウェイ、アリババ、テンセントなどという全中国チャンピオンのような巨大企業を先頭にしてグローバルなテクノロジーの主導者の一員として国際舞台に登場してきた。その結果、国際的な関心や注意は単に中国政府主導のテクノロジーへの投資だけに留まらないようになった。

国際的により多くの注意は中国の非政府の企業の研究開発の活動や支出にも向けられるようになったのだ。その種の企業の研究開発費には中国政府も関与している。中国政府の公的な発表を追うだけでは中国のテクノロジーの実態は把握できないことから、近年ではアメリカはじめ多数の諸国で著名なシンクタンクが中国のテクノロジー関連の官民両方の研究開発経費を追跡調査する活動を開始した。

中国政府がテクノロジーに関連して公表するデータには数種類のギャップがある。

一方では中国政府の研究開発活動はそれほど秘密ではない面もある。中国当局は国家重点実験室と呼ぶ全土の主要な研究所が推進し、政府機関の国家自然科学基金委員会によって支援される主要な研究開発プロジェクトについては情報を公表することも多い。中国の科学関連の文献や特許の情報も一般に入手は可能である。

しかし中国の国家支援を受けた、これら研究所は自己の活動について他の民主主義国家のようには決して情報を公開しない。民主主義諸国でならば、その種の研究所は自己の研究開発活動について一般民間からの支援を得ることが必要だから、その活動の内容をきわめて詳しく公開することが必要になるのだ。中国の研究所は民間のスポンサーを探す必要はないわけである。

そのうえに、国家自然科学基金委員会によって2020年に資金供与されたプロジェクトの多くは公表されなかった。テクノロジー移転も透明ではない。

中国の国家当局は科学やテクノロジーの外国での新開発や新発見をみつけて、吸収するために略奪的な投資慣行や秘密のスパイ的な行動に依存することも多い。 

中国政府は外国からの人材徴募計画については以前はかなり透明だったが、最近では隠蔽の動きが目立つようになった。

中国政府は予算や支出に関してはかなり透明にみえるときもある。地方政府のほとんどや中央政府の各省庁も毎年、予算や支出の報告を公表する。だがこの傾向も時によっては変わることがある。最近では中国のインターネット企業が中国側のその種の情報へのアクセスを阻むようにもなってきた。

中国政府は中国共産党の中央レベルの組織の予算に関する情報は公開していない。党中央の委員会の予算については外部ではほとんど知られていない。

諸外国の民間での努力は近年、中国のテクノロジーに関する透明性を改善することに寄与してきた。この種の努力は苦労を重ねながら中国側の海外人材募集計画などについてもなんとか情報を集めてきた。しかし現在では中国側の「海外高次元人材招致計画」(千人計画とも呼ばれる)などはその実態把握が難しくなってしまった。招致された人材についての情報がすべて秘密にされるようになったのだ。

しかし中国の科学、テクノロジー取得の作戦について情報を得ようとする諸外国の民間での試みはここ数年、いくらかの成功をもたらしてきた。中国の公開した予算資料から中国政府のテクノロジーについての優先順位についてかなり知ることができたのだ。

中国政府の民間での監視活動のテクノロジー展開についても、この種の外国の民間での努力の結果、かなり透明となった。中国側が秘密にしようとしたが、その実態がかなり外部にわかってしまった、ということだ。

▲写真 中国のテック・ジャイアント、ファーウェイの内側(2019年4月26日) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

だが中国のテクノロジー開発計画を理解するうえで最大のチャレンジは中国の防衛と国内治安に関する支出が具体的にはなかなかわからない、という点である。アメリカやその他の国際的なシンクタンクの数か所は中国共産党が自国の軍事、諜報、巨大な国内治安維持などの組織にどの程度の予算を計上するのか、その概算を算定することはできたようだ。

しかし実際にどの程度の額が使われたのか、とくにそれら組織の活動に必要な高度テクノロジーの研究開発のためにどの程度の経費が使われたのかを知ることは、現段階では不可能に近い。

人工知能、情報テクノロジー、量子コンピューター、自走車両、その他のテクノロジーは軍隊、警察、諜報に役立つことは明白である。

中国の国家資源は明らかに、国家の秘密の「ブラック予算」からこれら軍用などのテクノロジーの開発へと巨額が投入されている。公開された部分の予算にももちろん軍用テクノロジーなどの開発に注がれる経費は存在する。だがこれらの経費の具体的な額がわからず、推定額を得ても、その正確度の立証が難しいのだ。

そのうえに中国当局は明らかに自国民の監視や追跡、抑圧のための国内テクノロジー開発にも大きな比重をおき、そのための作業を続けている。その手段としては社会信用スコア(国民個人の監視システム)、大規模カメラ監視、顔認証、防火長城(金盾とも呼ばれる巨大なインターネット検閲システム)などがある。

▲写真 中国のテック・ジャイアント、ファーウェイの内側(2019年4月26日) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

この種の国民監視、抑圧用のテクノロジーの研究開発はたぶん公安省や国家安全省の隠された予算によってほとんどが推進されたのだろう。

以上が【テクノロジー】についての報告である。

この報告を読むと、いまさらながらだが、中国が種々のテクノロジーを対外的な軍事膨張のためだけでなく、自国内で国民を監視、抑圧するためにもフルに利用していることがよくわかる。つまり中国共産党の独裁支配にはテクノロジーでの国民の常時の監視が欠かせないというわけだ。

さてこうして中華人民共和国を透明性という観点から8つの異なる分野に分けて考察してくると、この国の特殊性がいやというほど明白になる。異端の大国ということだろう。

しかもその異端の大国は日本にとってあらゆる面での脅威となっている。そんな立場にある中国との関係をこんごどう保っていくにせよ、中国という国家の実情を正確につかむことがまず不可欠となる。

この報告が最も強調するのは、中国という国は表面をみているだけでは決して真の実態はわからない、という点である。透明な国ではないからだ。秘密に満ちた国だからだ。

ではなにが公開であり、なにが秘密なのか。中国のなにが透明で、なにが不透明なのか。中国の理解には欠かせない大前提である。その点の教訓をこの報告書から得て、これからの中国の正しい理解への一助となれば、紹介のかいもあることとなる。

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トップ写真:中国・北京。大画面に映し出される習近平国家主席の映像(6月30日) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Image




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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