中国とはどんな国家なのか その3 人権弾圧と影響工作の秘密
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国政府は自国内での人権弾圧 / 影響工作に関する情報について完全な不透明、秘密性を保つ。
・外部の観察者は中国当局が人権問題とは別とみなしている分野の言動から人権抑圧の現実を知ることができる。
・外部での研究は、中国共産党の影響工作の内容・標的を正確につかんできたが、実際の効果についての評価がもっと必要。
中国という国家の透明性についての報告の紹介を続ける。
アメリカの大手研究機関のヘリテージ財団による「中国の透明性報告」の紹介である。
現在の国際情勢では日本もアメリカも中国という国家の本質を知ることは不可欠だといえよう。その中国もふつうに眺めていても、実態はなにもわからない。そもそも中国という国家は不透明だからだ。
この研究報告はその中国の不透明性についての詳細を知らせ、不透明な幕の内側にある現実の中国の姿に光を当てようとする試みである。
今回は「人権」と「影響工作」についての報告の骨子を伝えることとする。
【人権】
中国共産党は中国国民の国際的に認められた人権を保護することを怠ってきた一貫した記録を有する。歴代のアメリカ政権も中国の人権問題を軽視することが多かった。
一方、中国共産党は人権抑圧を中国の国家と共産党の両方の存続にとって中心的な課題とみなしてきた。自己の生存のためには国民の人権を抑圧せねばならないというメカニズムなのだ。
アメリカ側では時の政府が中国に対する総合的な戦略のなかで人権問題を軽視することは、往々にして対中政策の矛盾、さらに最悪の場合には対中戦略への阻害を招いてきた。
だからアメリカ側にとっては中国共産党の人権抑圧の慣行に対して透明性を促進することが必要となる。そのためにアメリカ側、さらに国際社会でも、非政府団体、非営利団体、法的支援組織、学界などが中国共産党の人権抑圧を隠そうとする幕を引き上げることにすでに努めてきた。だがまだなさねばならないことは多くある。
中国政府の人権問題に関するデータはみつけにくいし、歪曲されている。だが外部の研究者、活動家たちは中国内部の傾向に光を当てる方法をなんとかみつけてきた。
中国共産党政権は新たに発令する法律や条令についてオープンなこともよくある。2018年には宗教問題についての新たな規則を発令した。その規則は国民の個人の宗教的な言動を抑制するとは明言していないが、内容は国際的な宗教の自由の基準に違反していた。共産党当局はその違反をおそらく正確には理解しないまま、この国内規則を打ち出した可能性があり、外部の考察者にとっては中国の人権抑圧状況を知る有益な資料となった。
中国当局は新疆ウイグル自治区での治安取り締まりの状況や治安維持組織の求人募集の状況を公表することもある。その内容から新疆ウイグル地区での人権抑圧の拡大が期せずしてわかることがある。
外部の観察者は中国当局が人権問題とは別個とみなしているような分野でとった言動から人権抑圧の現実を知ることもできるのだ。中国当局は人権抑圧の情報や法規に関して、不透明性を保つが、外部の賢明な研究者たちは関連の動きからその実態を知ってしまうこともよくあるのだ。
各国の民間の人権擁護団体も同様に中国当局が人権弾圧に関連あるとは意識していない措置の数々からその弾圧の実態を知ってしまうという実例が多々、起きるようになった。
アメリカやその他の各国で中国の人権弾圧に継続的な注意を向ける多数の団体も、たがいに連帯を保ちながら、その種の監視活動を続ける一方、独自の手段で情報を集めている。たとえば「ジェームズタウン財団」、「フリードム・ハウス」、「人権ウォッチ」、「新疆犠牲者データベース」といった団体である。
中国政府は全体として自国内での人権弾圧に関する情報自体については完全な不透明、秘密性を保ち、もし外部から自国の人権弾圧を指摘するような情報が流れてくれば、すべて「虚偽」だとか「反中プロパガンダ」として排除する。
だからこそ外部の民間の人権擁護機関の活動はきわめて重要となる。
当ヘリテージ財団がこの報告書作成のための調査を進める過程でも、チベットや香港での人権弾圧に関する情報は新疆の情報よりずっと少ないことが判明した。
その理由は新疆での人権弾圧が最も苛酷であり、その歴史も長いことや、香港やチベットへの国際的な関心が新疆に対するそれよりも低いこと、などが考えられる。だがその不均衡の是正は将来の課題である。
また中国共産党政権がすでに長年、全土で実施してきた政治犯の再教育と称される強制収容や強制労働についての情報がアメリカ側の官民にはまだまだ少ないことも指摘される。さらに中国当局が具体的な人権弾圧の措置をとる際に、その動機や理由はなんなのか、これまでよりも深い調査や研究も必要だろう。
以上が中国の人権に関する共産党政権の不透明性についての報告である。
次は中国政府による対外的な活動の一部の不透明性についてである。この活動は「影響工作」と呼ばれる。アメリカも日本も当然、その標的となる。
【影響工作】
影響工作、あるいは影響力行使作戦というのは一国の政府が他の諸国のその国への認識をよくするという目的で実行する種々の活動である。中国の場合、自国のグローバルな影響力を強めることがその最終目的だといえよう。
影響工作のためには一連のソフト・パワーがまず使われる。いかにも無害な民間の交流、文化の交流などから軍事工作、心理作戦まで多様である。その当事者の政府がどんな性格によって、発信源が明確にされる「白プロパガンダ」から秘匿や偽装される「黒プロパガンダ」までが使われる。
影響工作は近代国家一般によって、もう何世紀も実行されてきた。外交政策の道具であり、軍事戦略の一部でもあった。場合によっては将来の危機への対処、さらには当事国のグローバルな地位の強化が目的にもされた。
中国にとってはグロ-バルな規模での自国のイメージや力の拡大のためにこの影響工作はとくに重要となってきた。その目的はアジア地域でのパワーの拡大、香港の民主主義弾圧、新疆でのウイグル人迫害、台湾の事実上の独立の阻止、そしてさらにはアメリカとの間でグローバルな主導権を争うこと、などだといえる。
中国政府も中国共産党もその影響工作に関してはきわめて秘密を守ろうとする。
だから中国の公式データによって影響工作の規模などを測定することは難しい。影響工作の評価となると、もっと難しくなる。中国の政府や共産党の内部で資金の豊富な大規模のプロパガンダ作業を実行する多数の部局の複雑で広範な構造のためである。
オーストラリアの主要国際問題研究所「ローウィー研究所」のリチャード・マクレガー上級研究員がその著書『党』で指摘したように、中国共産党内で人事やメディアを管理する主要部門は対外的にはいつも低姿勢をあえて保っている。
だからその活動の実態を知ることはなおさら難しくなるのだが、それでもなお公開に近いデータのなかに有益な情報もときには含まれている。ただしその種のデータは中国語だけである。
ではどんなデータかというと、政府や党の内部での各組織の区分などである。たとえば中国の国務院下の民政部(省)は統一戦線工作部の下に登録された社会組織の公式データベースを保持している。自分たちの工作に必要な情報を得て、関連部局を効率よく動員する際に有益となるデータベースなのだろう。
だがそれでも中国側の公式データは影響工作の規模や範囲についてきわめて限られ、不完全な構図しか明らかにしない。そこで諸外国の民間の組織が中国の公式の多様な情報源を利用し、多様な技術手段を使って分析して、中国の影響工作の実態をかなり明らかにしてきた。
その種の分析では自動翻訳やその他の多様な解析手法が役に立った。中国の影響工作のこのような手法での分析で成果をあげた研究、調査機関としては、「民主主義安全保護同盟」、「データ・エイド中国公式外交」、「マップ・インフルエンCE」などがあげられる。
中国当局の影響工作に関する公式データには大きな欠落がある。それら公式データは保健・経済外交や統一戦線工作についてはある程度の透明性もあるが、情報操作や虚偽情報拡散にからむデジタルやサイバーの活動についてはまったく透明性はない。影響工作は後者の分野に入るのだ。
中国共産党の影響工作は最近、諸外国、とくにアメリカの国民一般、メディア、そして政府機関から真剣な注視を浴びるようになった。だがその工作に関して公開の場で得られる情報はほんのわずかなのだ。
ただし影響工作についてもっと知る機会は中国当局の影響工作利用による技術獲得目的のメカニズムを研究することである。中国当局は明らかに影響工作を他の諸国の高度技術や技術者人材の獲得プログラムにも適用しようとしている。
その技術・技術者の獲得プログラムの具体的内容の一部は公開されることもあるので、そこからその背後にある影響工作全般について知ることも可能なわけだ。この特別の調査ではジョージタウン大学の「安全保障新興技術センター[3] 」が先頭に立ち、かなりの成果をあげている。
全体としては、中国共産党の影響工作の実際の効果についての評価がもっと必要である。影響工作の標的となることと、実際に影響を受けてしまうことは別個なのだ。
これまでの外部での研究では、中国が影響工作をどう実施し、なにを標的としているかは、かなり正確につかんできた。これからはその工作が現実にどれほどの効果をあげたのかにより多くの注意向けられねばならない。
以上が中国の「影響工作」についての透明性に関する報告だった。
トップ写真:中国新彊ウイグル自治区で発生した暴動と鎮圧する中国警察官 首都ウルムチ(2009年7月7日) 出典:Photo by Guang Niu/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。