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.国際  投稿日:2021/8/4

中国とはどんな国家なのか その6 政治と法律のゆがみ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国の国内外の政治活動は、複雑で広範囲にわたる。

・中国は「法による統治」をとり、法体系は当局の意図や関心を反映する。

・中国政治の研究は、非常に困難であり、だからこそ急務。

 

次には中国の政治と法律についての報告を紹介する。

中国もまた他の主権国家と同様に、国家の態勢を構築して、保持していくには政治と法律という基盤が欠かせない。ごく当然のことだろう。

だが共産党独裁の中国はその基盤の政治と法律に関しても他の諸国とは異なる変則の実態が多々あるのだ。しかもその実態は外部からのふつうの観測ではわかりにくい。

この点で中国という国家の透明性という課題が大きく浮かびあがる。

中国の政治や法律を正確に理解するには、どうすればよいのか。どうすれば誤解や曲解が避けられるのか。

ヘリテージ財団「中国の透明性報告」は中国の政治と法律についても虚実の区分のための分析的な光を当てていく。

その政治と法律に関する章の紹介は以下である。

【政治と法律】

中華人民共和国は中国共産党により支配される。だから中国の政治は国家の政治と党内の政治の両方を含む

中国政治のもう一つの側面は中国の他の諸国、勢力、国際機関などとのかかわりである。中国の外交政策形成は国内政治と同様に中華人民共和国を特徴づける多数の構造や流れによって複雑にされるので、その理解はきわめて難しい。

中国はその活動の広大な範囲や、特殊な「社会主義市場システム」により外交政策の実施には非常に多様な手段を使うことができるのだ。

たとえば中国の国有企業は投資の結果としての利益への懸念にとらわれることなく、より広範な国家目標に基づく決定を下すことができる。中国政府は外国人学生を自由自在に中国の大学に留学に招くことができる。なぜなら国家がすべての教育制度を管理しているからだ。これらも中国の政治の一端、他の諸国とのかかわりあいの特殊性である。

同時に中国政府は海外で孔子学院のような多様な教育活動を支援し、監督することもできる。孔子学院は教育省の内部にある組織によって運営され、海外に留学している中国人学生に命令を下すこともできる。中国政府の外交政策という政治活動の一端は国内政策同様にきわめて広範囲にわたるということだ。

中国の国家のあり方を知るうえで重要なもう一つの側面はその法律の動向である。中国は共産党によって支配される専制国家であり、長年にわたりその統治は法律がすべての国民に平等に適用される「法の統治」ではなく、支配者により法律が統治のために選別的に使われる「法による統治」に依存してきた。

だから中国の法律の体系や現状を「法の統治」を大前提とする民主主義国家の学者が分析することには一種の矛盾がつきまとう。

中国の法体系は外国の企業などにも影響する。中国側との経済的な取引では外国側の官民は中国の法律を知り、それに従う必要もあるからだ。この点では中国の近年の法体系は商業法の分野でとくに発展をとげてきたという面もある。

中国側が外国企業などとの取引を進めるうえで、その契約を管理する法律類が必要になったことからの経済面、商業面での法整備だといえる。

中国の企業は外国の証券市場に株式を公開して上場するため、あるいは中国企業が国際的なサプライチェーンに加わるためには、なんらかの法律的な基盤が必要となる。

そのうえに中国は「法による統治」の社会だからこそ、不透明で非合理な政治活動を合法化し、隠蔽するために特定の法的な隠れミノをつくることが必要だった。たとえば中国当局は国家安全保障法、国家スパイ防止法、国家サイバー取締法などを制定して、当局が中国の国民から、さらには中国内部で活動する外国企業から、種々のデータや情報を奪うことを「合法化」した。

中国政府はこの種の情報収奪を勝手な恣意ではなく、制定した多様な法律の規定を根拠にしたと主張して、実行するのだ。だからこの種類の法律を理解すれば、中国当局のその背後の意図や関心について知ることになる。

中国は「総合国力」を非常に重視する傾向がある。その結果、政治活動も経済、外交、軍事などの活動と重複することが多い。だから中国の国家目標の把握には、共産党と政府の両方の組織の理解や、党と政府のヒエラルキーにおける個々人の位置づけ、それら個々人の経済界や軍部などとの関係の理解も必要となる。

中国の国家活動全般に関しては国務院の情報発信部門が多数の白書を定期的に発行する。これら白書は中国政府の公式政策について最も権威のある情報や解釈を提供している。

この白書の作成のプロセスでは各官僚機構間の調整や協議が求められ、その結果、一つの政策や政治の課題について政府全体としてのコンセンサスに基づく見解が公表されることとなる。

もう一つの有益な情報源は中国政府の各省、各部局が毎年、発行する年間報告や声明である。たとえば、国家海洋局は国土資源省傘下の行政機構として領有権主張、海洋経済活動、海洋環境などを含む中国の海洋活動の状況の報告を毎年、発表する。

外務省は長年、外交活動についての年次報告を発表している。

中国共産党全国代表大会の関連報告もほぼ5年ごとに出される。全国人民代表会議に関する報告書もその開催に沿って出される。これらの重要会議は基本的には秘密会議だが、その関連で出される報告書は共産党や全人代の基本的な方向を示唆することとなる。

しかしその種の公開される報告書から会議の真実の決定を判断することはきわめて難しい場合が多い。ここにも中国の政治の不透明性があるわけだ。

写真)中国共産党全国代表大会(2017年10月18日)

出典)Photo by Lintao Zhang/Getty Images

中央政府、地方の各省政府、さらには中央政府の各省庁も共産党全国大会と全国人民代表大会の基本路線に従って、それぞれの組織の発展や前進を検討する作業報告書を定期的に発表する。この種の報告書は実際には公表されなかった各組織の成功や失敗をのぞくための重要な手がかりともなる。

もう一つの重要な政治考察の情報源は5ヵ年計画である。中国は硬直した旧式の中央計画経済からはかなり離れたとはいえ、なお国有企業の傘下にある経済部門は中国経済全体のかなりの部分を占めており、この部分に関しては5ヵ年経済計画が立てられている。その種の経済5ヵ年経済計画は中国の国家全体の優先事項や努力目標のカギを示すこともある

国家5ヵ年計画は各省庁などのレベルの副次的な5ヵ年計画の指針や範囲を示すことがある。また国家全体、省庁レベル両方の5ヵ年計画が中期、長期の科学技術の計画の方向を示唆することもある。

また全国人民代表会議の年次会議開催とともに追加の情報や報告や法案などが開示されることもある。これらの一連の書類は多様な案件についてその経済目標や基礎となる法案、政策決定などに期せずして光を当てることもある。

写真)全国人民代表会議(2019年3月12日)

出典)Photo by Kevin Frayer/Getty Images

そのほかにときには特別な計画や構想を示す文書が浮上することもある。たとえば

「中国製造2025」や「中国基準2035」というような特別文書である。

中国側のこうした文書類を広範かつ綿密に調査し、追跡しているアメリカの学術、調査機関も最近ではその数を増してきた。だが決して十分ではない。

中国政府は政治に対して透明ではない。中国共産党は全党員の名簿を毎年、発表するが、党員の背景や現職などについての情報は秘密に近い。この秘密傾向は常に悪い方向へと変わっている。

政府の組織構造は全体として明示されてはいるが、その各組織を支配する共産党の政治委員に関しての情報は秘密に近い。その種の政治委員の活動は公表されることもあるが、その背景などは不透明のまま、この秘密志向は近年、さらに強まってきた。

同時に政府の条令の発表も、問題の少ない経済関連の政策の条令でも最近は秘密という場合が増してきた。

諸外国の民間の調査機関は中国の政治の透明性に対してはまだなお十分なインパクトを与えるにはいたっていない。なぜなら中国の政治問題に関する重要データへのアクセスは中国共産党自体によって阻まれているからだ。中国政府がデータや事実関係を開示しなければ、外国の機関がその実態を把握することが難しいのは自明である

中国共産党のこうした情報不開示の傾向は中国が強大になればなるほど強まってきた。

そもそも中国共産党は歴史的に党内の書記や委員会の役割については秘密傾向が堅固だった。同様に党の政策を実際の行動で実行するために党の機能を動かす少数の指導者たちの実態も秘密にされてきた。

そのうえに、近年は中国共産党は党内の政治の実態が外部の機関によって分析されることを意図的に阻む措置までもとるようになった。その種の措置は共産党関連のデータベースへの外部からのアクセスを制限することから、外国の学者や研究機関による中国共産党の動きの追跡を積極的に防ぐことまで、多様である。共産党はとくにウイグル問題などに関しては外国の学者の調査活動を露骨に妨害することさえある。

この中国の政治の透明性減少は公開された資料だけからの分析をますます難しくするだけでなく、同時にその分析をより緊急に必要とすることになる。中国の政治システムが現実にどう機能しているかを正確に知ることが外部世界にとってますます重要となってきたからだ。

だが残念ながらこの必要性は諸外国では中国の政治プロセスの学問的な研究の拡大にはつながっていない。そのかわりに中国に関してその社会とか、女性の地位とか科学技術というテーマの研究が増えてきた。中国の政治の研究はきわめて難しいという実態の反映である。

その結果、それでも中国の政治を研究するという研究者たちにとっては幾多の障壁にもかかわらず、より多くの努力が求められるわけだ。

中国の政府の各主要省庁の実態、主要国有企業の最高指導者たちと共産党首脳との関係、各地方、各省の政治リーダーシップの動向などを理解することは、中国の次世代の指導層の特徴をよく知るうえで不可欠な作業として切迫した必要性があるのである。

(つづく。その1その2その3その4その5

トップ写真:中国共産党創立100周年に向けて準備中。スクリーンに映る習近平国家主席(2021年6月17日) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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