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.国際  投稿日:2021/8/9

トランプと露KGBの関係 その3


スコット・フィリップスキー(ジャーナリスト、プロデューサー)

【まとめ】

・もう一人の元KGB諜報員、スタニスラフ・ルフチェンコ氏も1982年に米下院情報特別委員会で証言。

・日本でのソ連積極工作の目的は、日米政治・軍事協力をさらに深めないように阻むこと。

・トランプ氏の全面意見広告も、日米離反を目的にしたものだったといえる。

 

新聞の原物を見ると全面意見広告が出版された同じニューヨークタイムズ1987年9月2日版の広告のページをめくると次のページになんと「トランプが大統領立候補をあいまいにほのめかす(TRUMP GIVES A VAGUE HINT OF CANDIDACY)」という見出しが出てくる。(New York Times,Sept.2nd, 1987,page31)

それは翌月トランプが最初の大統領予備選が実施される州、ニューハンプシャーの選挙イベントに行くと“スクープ”した記事だ。広告のことも触れながらトランプがモスクワに行った時にミハイル・ゴルバチョフに会ったという虚偽の報告もされた。2日後ニューヨークタイムズはゴルバチョフの会談を行わなかったという訂正文は出し、トランプの純資産が約30億ドルだという根拠のない主張も書かれていたので、記事の全ての内容がおそらく、直接「ジョン・バロン」(トランプ)から記者に伝えられたとものと思われる。 

確認するために、記事を書いた退職した記者に連絡して質問をメールで送った。その記者は最近までナショナル・パブリック・ラ ジオの編集長として務めていて、2017年に20代から50代年齢の複数の女性に対するセクハラ起こした疑惑によって辞任したので、この頃メディアから身を隠していると言われており、結局私の質問に返事はなかった。

この日のNYタイムズ、そしてワシントンポストとボストン・グローブ紙に、日米関係を攻撃する全面意見広告の積極工作の狙いを理解するために、もう一人の元KGB諜報員、東京米大使館に亡命するまでに4年半KGB東京支局に務めたスタニスラフ・ルフチェンコ氏は、 亡命後の1982年夏に米下院情報特別委員会でこう証言した:

「私の働く時間の半分以上は幅広い色々なソ連積極工作を日本に導入することだった。日本でのソ連積極工作の主な目的は:

第1に、日米政治・軍事協力をさらに深めないように阻む。

第2に、政治、経済、 そして軍事関連でアメリカと日本の間に不信感を持たせる。

第3に、特に政治と経済の日中関係を発展させないように阻む。

第4に、ワシントン・北京・東京のいわゆる反ソ連3角同盟関係に入る可能性を何としてでも無くす」最後に説明したのは「コリヤーク作戦」。北方領土でソ連の占領を誇示するために小部隊を配備することや開発工事を開始する事などによって、領土論争は不毛だと日本人に思わせる事」

▲写真 元KGB スタニフラス・ルフチェンコ(1982年) 出典:Bettmann/Getty Images

第3と第4に関してはたくさんの日本人が覚えているだろう。1976年に「周首相が“遺書”を残した」と題する記事が産経新聞に掲載されたのだ。

その6年後に米下院情報特別委員会で記事「ソ連の管理下にある産経新聞の高い地位にある工作員の手にKGB東京支局の情報部員から遺書は渡された」とのコピーがFORGERY(偽造)と印影され、公開

記事を掲載した山根卓二氏はルフチェンコ氏によるとKGBコードネーム「エージェント・カント」だったが、山根氏は工作員であることを否定するも、後日、産経新聞を退社した。一方、米下院情報特別委員会が「一義的なソ連の諜報任務だった」と判断され、モスクワKGB本部ではこの積極工作が大成功例として評価されたという。

▲写真 産経新聞(1976年1月23日付け) 出典: Report “Soviet Active Measures” : Hearings Before The Permanent House Select Committee on Intelligence, US House of Representatives, 97th Congress, Second Session, July 13, 14, 1982. Page 88

エージェント・カントの情報作戦と同様に、トランプは ザ・ドナルドらしくもっと大きい規模でアメリカの発行部数のトップ新聞を通して、悪びれずKGBの戦略的メッセージを自国民に流した。その狙いはルフチェンコ氏が説明した第1と第2の目的、すなわち日米関係離反だ。しかし、交渉道具として北方領土を利用することはシュヴェッツ氏によるとクレムリンの作戦だ。

シュヴェッツ氏がワシントン支局に配属される前、ソ連スパイのエリート大学院、ユーリ・アンドロポフ赤旗アカデミーで諜報訓練を受けた。その時、次のことを学んだと言う:

シュヴェッツ氏: 「日本はロシアの真隣にあり、ロシアにとってとても重要な隣国関係にある。まず、私がKGBのアカデミーで、係争中の北方領土はソ連領土ではないとはっきりと言われた。日本の土地だと教えられ、この島々は一切ロシアの領地ではないとモスクワで理解されている。最大の目的はどうにか日米関係を離反させること。同時に北方領土の条約交渉をごまかし続けながら、日本の最先端技術を盗む事が日本でのKGBのミッションだった」

現ロシア大統領ウラジミール・プーチン氏は、アンドロポフ赤旗アカデミーで、シュヴェッツ氏の同級生だった。プーチン氏も、同じ授業を受けているだろう。

しかしスタニスラフ・ルフチェンコの議会証言が1982年末に公開されてから日本周辺への緊張がさらに高まっていた。1984年に択捉島にソ連が新型 MIG23戦闘機の配備数を倍にされ、翌年4月に米空軍の核弾頭を搭載できるF-16型戦闘機が三沢飛行場に配備。

シュヴェッツ氏: 「ロシア極東とウラジオストク沿岸地域はソ連の重要な港湾で、強力な海軍力がある太平洋艦隊の海軍基地が駐留されています。日本地区にあるアメリカの基地は太平洋艦隊にとって実存的な脅威だと考えられていたから日米防衛同盟を二分に割る機会を探っていた」

この背景の中でトランプが積極工作を起動させた。しかし、当時アメリカ人にとってペルシャ湾原油を海上輸送する日本のタンカーの安全保障は一切論争されることはなかった。ヨーロッパと日本はアメリカの最も重要な同盟国でエネルギー資源を確保することは当然アメリカの基本ポリシーだった。さらに安定した中東とイスラエルの国家安全保障がアメ リカの国家的優先課題だから、「重要ではない地域」とは主流の安全保障政策から大分外れた見方である。アメリカの1983年10月のCIA国家情報評価レポートを読むと広告で書かれているメッセージがソ連の作戦と一致する。「ペルシャ湾地域でのソ連の目標」の項目にこう書かれた:

「ソ連のペルシャ湾地域での最大長期的な戦略目標は、西欧諸国と日本に対する影響力を及ぼすために、ペルシャ湾沿岸諸国の姿勢を親欧米派の志向からソ連派への味方に変え、ペルシャ湾石油をある程度支配する」

しかし この見事に実行された積極工作のおかげで、新聞で意見広告を読んだ読者には、ソ連の隠された手が見えなかった。トランプが宣伝した、主流から大分外れた意見に対して、結局多くのアメリカ人に残った印象は「アメリカが笑われている」から日本などは「もっと払え」という単純な感情的アピールだろう。

シュヴェッツ氏: 「十分アメリカのレッドネックと呼ばれる白人の田舎者を扇動するだろう?典型的な レッドネックを。「苦しんでいるんだ。私はビールの6パックを買うこともままならない状況なのに、日本とNATOの防衛費のために私の税金を払わなければならないのか?」こう思う人はこのメッセージのターゲットだ。そしてうまくいった!非常に効果的だった!数年後の2016年に彼を大統領にさせたんだ」

しかし、ドナルド・トランプ前大統領は、単に思想的にロシアに共感したために、祖国アメリカに反逆したわけではないだろう。悪影響に無関心で、自己優先主義者のビジネスマンとして取引相手が諜報機関の関係者であろうと、組織犯罪者であろうと、自分の利益を最優先にするトランプだからこそ、クレムリンにとって理想な諜報工作関係が築けたのだと考える。

シュヴェッツ氏: 「海外に保有する莫大な額の不正な現金を利用、ロシア政府は汚れたお金で、欧米政治エリートを買収し続けている」

「周恩来の遺書」というフェイク・ニュースはアクティブ・メジャー(積極工作)としてモスクワで評価されたかもしれないが、ドナルド・トランプの場合、一般のアメリカ人の目につかない電気製品店で種がまかれ、そして1987年にアメリカの著名な新聞で意見広告の形で活動が発芽され、結局、世の中に衝撃を与えた2016年大統領選で勝利したことでシュヴェッツ氏によると歴史上で最も成功した情報活動になったという。

シュヴェッツ氏: 「明らかに1987年にいつかこの男(トランプ)を実際に米大統領にさせることが可能だと誰も真剣に思っていなかったが、予想できない奇跡は起きることもある」

▲写真 Background/ワシントンD.C.ソ連大使館外景(KGBワシントン支局は大使館の中にあった)、Foreground/ユリ・シ ヴェッツ オフィシャルKGB写真(1987年) 出典:background/米・国防総省(1983年11月15日),Foreground:Courtesy Yuri Shvets,Composite:Scott Filipski

その1その2

トップ写真:執務中のドナルド・トランプ氏(1987年1月1日) 出典:Archive Photos/GettyImages




この記事を書いた人
スコット・フィリップスキージャーナリスト・プロデューサー

Scott Filipski。2021年モンテカルロテレビ祭、ベストニュースドキュメンタリー部門ノミネート。ZDFドイツ公共放送局プロデューサー現職。NHK、朝日テレビ、TBS、フジテレビ、などでフィールド・プロデューサー、レポーターを務める。「ネイティブを動かすプレミアム英会話」英語監修(2020年新潮社出版)。コロンビア大学卒業Magna Cum Laude受賞。

スコット・フィリップスキー

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