「湧き上がる危機感がある」総裁選一番乗り 高市早苗衆議院議員
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
Japan In-depth編集部(油井彩姫)
「編集長が聞く!」
【まとめ】
・高市早苗元総務相が自民党総裁選立候補に一番乗りした。
・「日本経済強靱化計画」と「令和の省庁再編」を打ち出す。
・他の候補者含め、緊急事態宣言明けに向け政局は一気に流動化へ。
新型コロナウイルス感染症の拡大が止まらない。緊急事態宣言が再度延長が決まるなど、事態が好転する気配はない。各メディアの内閣支持率は軒並み30%を割り込む勢いで、菅首相がいつ解散総選挙に打って出るのかが永田町最大の関心事となっている。
現時点で総裁選出馬を明言しているのは元総務大臣の高市早苗衆議院議員のみだ。出馬を決心された理由などを聞いた。
■ なぜ「いの一番」に出馬表明?
まず高市氏は、「基本的には私は、国民の皆様の代わりに本会議場で国会議員にとって最も重い首班指名の1票を菅義偉総理に投じたので、任期中は全力で支えたいと思っている」としたうえで、「今、沸き上がるような危機感が私の中にあり、今すぐ手をつけなければ間に合わないと思っている政策がたくさんあるので、総裁選が実施されるようになったら、菅総裁の胸を借りてしっかりと政策論争させていただきたい」と述べた。「たくさんの問題意識を国民の皆様にも党員の皆様にもお伝えしたい。それをできれば実行したい。そんな思いで手を挙げた」。
自民党総裁の任期満了は9月30日に迫っているが、出馬を宣言する議員がまだ出ていないことについて。
「それは理由がある」と高市氏。「私も含めて衆議院議員はまだ次の選挙の公認を頂いてない。そんな中で執行部の方々は菅総理続投を明言されているので、今なかなか総裁選挙について発言するというのは困難な状況」だと分析、「膠着状態を打破してみたかった」と、立候補の決意を語り、「失うものがないので」と微笑んだ。
■ 新型コロナについて
菅首相の支持率が低迷している背景には、明らかに新型コロナウイルス感染症拡大への対応の混乱がある。具体的にどのような問題があり、どのような対策をとっていけばいいのか、聞いた。
・ワクチン開発
日本でも、国内の大学と企業で共同研究開発をしていたが、接種開始時期に間に合わなかった。高市氏は、「国内で充分な数が調達できないのは残念なこと」と述べつつ、「医薬品開発のための研究予算が、アメリカは日本の22倍もありますので、太刀打ちできなかった。これから相当力を入れていかなければならない」と述べ、ワクチンを含む医薬品開発の研究費を増やす必要があるとの認識を示した。
・治療薬
また、現在、新型コロナウイルスの感染者に対する治療薬の確保をどうするかについても議論になっているが、高市氏は、抗体カクテル療法や、抗ウイルス薬「レムデシビル」などが国産でないことを問題視し、「海外で作っているので、調達量が読めないという問題が一点ある。もう一点は、処方できる医療機関が限られていることだ」と述べた。
現時点で、これらの治療薬は、感染症対応をしていてベッドのある病院に限られ、患者の家を訪問する医者や、一般的な開業医は治療薬の処方もできない。また、総合病院であっても感染症対応をしていない病院ではできない、と言う問題がある。ようやく厚生労働省の通知で宿泊療養施設で医師が滞在している場合はできるということになった。
こうした状況について高市氏は、「肝心なのは供給量が果たして足りるかどうかということ」とし、供給量を確保できるのであれば、「国と地方公共団体が全力をあげてホテルなど借り上げる。その場合ホテルの営業利益の損失分や風評被害は補償するべきだ」と提案した。
・パルスオキシメーター
患者の入院・ホテル療養・自宅療養を、保健所が判断する基準が血中酸素濃度。しかし、「パルスオキシメーターは全部のご家庭にあるわけではない」と高市氏は指摘。「地方創生臨時交付金で全部買い上げて各ご家庭に一つ、国産のものを配れば良い」と述べた。
・検疫体制
2016年、当時総務大臣だった高市氏は、行政評価局で検疫体制の調査を命じた。2016年は、日本の観光立国政策で、訪日外国人旅行客が急激に増えていたタイミングであり、あと4年で東京オリンピック・パラリンピックが開催されるタイミングだった。さらに、WHOがエボラ出血熱やMERS等の感染症の勧告を発していた。
高市氏は、感染症対策が今後重要になると考え、調査したところ、脆弱な点がいくつも見つかったという。
「一つは、海外から入ってきた人がどの国を経由してきたかということまではチェックしなかったということ。それから、搬送体制。つまり、感染している方にどこで待機してもらうか。当時は宿泊療養するホテルの確保も出来ていなかったし、感染症指定病院の感染拡大防止策も不十分だった」と述べた。
その後、後任の総務大臣が、閣議の場で厚生労働大臣に勧告を行った。勧告を行うと、半年後にフォローアップ、さらにその1年半後に、再フォローアップをする仕組みだが、半年後のフォローアップ時点では、厚生労働省が保健所や検疫所に通知を出したという報告に留まったという。
しかし、勧告から1年半後にはエボラ出血熱が流行し、厚労省はその対応に追われているうちに、翌年から新型コロナウイルス禍になってしまったことを高市氏は振り返り、感染症に対する「備えがものすごく大事だ」と繰り返し強調した。
▲写真 ⒸJapan In-depth編集部
・ワクチン問題が菅内閣への不満の原因
菅内閣のワクチン対策について高市氏は、「一生懸命やっているが、リスクの最小化、備えができていなかった」と述べ、感染拡大初期に、マスクや医療用ガウン、人工呼吸器の不足を招いたことを指摘した。
そのうえで、「アメリカは国防生産法があり、設備投資費用を政府が出すなどして、人工呼吸器やワクチンの増産に臨機応変に対応しているが、日本ではできない。緊急時に必需品を調達するために協力してくれた企業に対し、しっかり設備投資費用などを支援できるルールや枠組みを作っておくとか、もしくは海外の生産拠点に国内回帰してもらえるのであれば、税制措置で応援するとか、考えておかねばならない」と述べた。
・「日本経済強靱化計画」の中身
高市氏は、総裁選出馬に向けて、「日本経済強靱化計画」を打ち出している。その中の柱は、「危機管理投資」と「成長投資」だ。
高市氏は、「医療も創薬も必需品の国内生産体制も危機管理だ」と述べたうえで、「もっと心配してるのはこの夏も散々な目に遭っている自然災害だ」とした。
現在、西日本を中心に大雨が続いており、土砂災害や川の氾濫、浸水による被害が拡大してる。
高市氏は、「年々災害が激甚化している。気象庁や環境省が、55年後から79年後にかけて、風速70メートルの台風が来るとか、一時間100ミリの集中豪雨が来るとか予測している。風速70メートルに耐えられる土木建築技術は確立されていない。かなりの気候変動に耐えうる建築土木の技術の開発には、すぐに着手しなければいけない」とした。
また、特に浸水や土砂災害の危険が非常に大きいと思われるエリアには病院や高齢者施設を新たに設置することは止めるなど、都市計画全体として見直していく必要がある、と述べた。
そのうえで高市氏は、自然環境が有する多様な機能を積極的に活用して、防災・減災に活かす、いわゆる「グリーンインフラ」技術も注目されている、とし、「農地だけでなく河川流域全体や都市全体、まちづくり全体を生態系と防災減災の立場から設計し直していくべき」だと述べた。
また、こうした技術モデルは、海外に「インフラとして輸出できる」との考え方を示した。
■ リスクマネジメントが進まないわけ
高市氏が指摘するリスクはこれまでも指摘されてきた。しかし、その対応は必ずしも十分ではない。官邸も各省庁もやるべきことは分かっているのに、ここまで来てしまったことは、日本の行政機構のシステミックな問題なのではないか。
そう指摘すると高市氏は、「やるべきことがわかってるとも思えない」としたうえで、「確かにシステミックな問題だ。(行政機構が)縦割りであるということに限界がある。ただ内閣官房と内閣府があるのだから、リスクを先取りして対応していく指示は出せる」と述べた。
■ 日本が直面する危機
・デジタル化に伴う電力不足への対応
次に高市氏は、「デジタル化への対応の遅れ」について懸念を示した。すなわち、「消費電力の急増に対する備えができてない」という問題だ。
文部科学省所管の国立研究開発法人は、デジタル関係だけで2030年、残り9年で今の消費電力の30倍、2050年には4000倍になるという予測を出しているという。
「あらゆるデジタル機器、部品も含めて、省電力化の研究開発というのはものすごく急がねばならない」と述べた。「特に経済安全保障上、データセンターの国内回帰を求める声が高まっている。データセンターはとても電力を使う。その立地地域は一体どうやってその消費電力を賄うのか、処方箋が見えない」と問題点を挙げた。
また、今後あらゆる産業に活用が見込まれるAIも、電力消費量も大きいことから、安定的な電力供給体制の確立と省電力化の研究に一早く着手し、投資を増やす必要がある、と述べた。
そして、電力の分野では、現実的に近いゴールとして、「小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactor)」と、「核融合炉」を挙げた。
「核融合炉」は、京都大学のスタートアップの「京都フュージョニアリング」が実用化の研究をしている。こうした国内の企業に積極的に投資すべきとの考え方を示した。
また次世代コンピューター「量子コンピューター」も、「国産するべきで、重要な危機管理投資であり成長投資だ」とした。
■ 令和の省庁再編
こうした成長戦略を進めることが出来ない理由として縦割り行政を挙げた高市氏は、省庁再編に意欲を示す。
「令和の省庁再編をしたい」と述べる高市氏に具体的にどう再編するのか聞いた。
・環境エネルギー省
「エネルギー基本計画」の素案が先に経済産業省から示されたが、自民党内で議連まで作ってその必要性を訴えてきた「原子力発電所のリプレースや新増設」については一切触れられなかった。
今後、電源構成を決めていくのは資源エネルギー庁だが、再生可能エネルギー関連予算に至っては総務省にも、農林水産省にも、環境省にも、経済産業省にもあるし、金融庁も噛んでいる、と高市氏は指摘。
「環境エネルギー省で環境とエネルギーを一元化してやるべきだ」と述べた。
・情報通信省
高市氏は、もう一つの省庁再編構想として、「情報通信省」とその外郭として「サイバーセキュリティー庁」の設置を挙げた。
情報通信分野の振興や技術開発関係は現在、経済産業省、総務省、文部科学省がバラバラにやっている。それを一つにまとめる構想だ。
背景には、近年サイバー攻撃が激増する中、警察庁は来年にサイバーセキュリティ局を作ろうとしているが、一方、防衛省は自衛隊の中だけを守っている、といった縦割りがある。
高市氏は、民間の事業インフラや、電力会社の変電所が攻撃されてブラックアウトが起きた場合や、航空機や自動車がハッキングされた場合などを想定、「誰が分析をしてそれに対応するのか」と指摘。「サイバー空間上で反撃しなくてはいけない事態になっても、そのような権限は法的には誰にもない」と問題点を挙げた。
「サイバーセキュリティー庁」で、「情報収集や分析ができ、場合によってはアメリカがやっているように相手を特定して経済制裁を与えるなど一括して責任を持ってやる体制を整えないといけない」と述べた。
また、「セキュリティの高い製品・サービスを海外に展開できれば、危機管理投資が成長投資になる。後のメンテナンスや現地での人材育成までやれば、相当強みのある産業になる」と述べた。
■ 安全保障
安全保障政策について高市氏は、近年の中国の軍拡に強い懸念を示した。
「中国は衛星を破壊する能力を持った。日本を無力化するのは簡単なことだ。日米の衛星を破壊して、海底ケーブルを切断すれば通信は途絶える。サイバー攻撃で変電所を攻撃すれば、ブラックアウトが起き、自衛隊は通信もできず、装備も一切使えなくなる。そこに極超音速のミサイルが飛んできたらどうなるか」と懸念を示し、「いかに先に相手国の基地を無力化するか、それを早くやった方が勝つ戦争になる」と述べた。
その上で、「ゲームチェンジャーになるのは、衛星、電磁波、サイバー攻撃、それから無人機」だと述べた。
また、「中国の極超音速ミサイルは日本の技術で作られている」ことを挙げ、スクラムジェットエンジンや耐熱素材など戦略的な研究を行っている日本の学術機関が、中国の国防七大学の技術者を研究員として迎え入れていることを問題視し、これは「間接的に日本が中国人民解放軍の兵器を強力化することに貢献していることになってしまっている」と述べた。
こうしたことを防ぐために高市氏は、「経済安全保障包括法」の整備を提唱した。すなわち、海外から入ってくる研究者を安易に受け入れずスクリーニングをするもの。人民解放軍関係者や中国共産党員ではないか、どういう領域の研究者かを、ビザを発給する時にスクリーニングをかけたり情報機関に照会をすることを可能にする法律だ。
また、今は、特許を取ると公開されてしまい、海外の軍に使われていると言う問題がある。高市氏は、特定の分野の特許は公開しない「秘密特許」にすべきだとした。
「危機管理投資も、リスクの最小化というのが私の最大のテーマで、それはうまくいけばそれは成長投資にもなる。早いうちに手をつけたい」と意欲を示した。
■ 総裁選
最後に総裁選出馬に必要な、推薦人20人の確保の見通しについて聞いた。
高市氏は、「8月26日に選挙管理委員会が、総裁選をやるかやらないか、やるとしたらいつか、などが決まる。それが決まらないうちから挨拶に回ったり動くというのは、選管の委員の先生方に対して失礼なこと。それはしてはいけないと思っている」と述べた。
「ただ、月刊誌に記事が出てしまった日に何人か推薦人になるからね、とメールを下さった先生方はいらっしゃった。何人かは言えないが、まだ衆議院の公認が出ていない中で、メールをくださったのは嬉しかった」と述べた。
無投票でという話も出ているが、それでは党勢も上がらないばかりか、自民党に対する有権者も批判を強めるだろう。自民党はもう少し危機感を持つべきではないかと指摘した。
高市氏は、「(危機感は)みんな持っている。嫌という程持っている」と述べたうえで「持ってはいるが、現在のところ執行部の方々が菅総理続投を明言している中で、衆議院議員はまだ誰一人公認をいただいていないので、総裁選をやれとか、私がやると手を挙げるというのは、なかなかしんどい。だから私のように失うものも何にもない議員が、気合を入れて流れを変えてやろうという気になった。あちこちからお叱りは多分あるんだろうと思うが」と述べた。
緊急事態宣言が9月12日まで延長されたが、オリンピック後の感染拡大の数字が出てくるのはこれからだ。後1カ月弱で菅政権が望みを託すワクチン接種がどれくらい進むのか、それで果たして感染拡大にストップがかかるか、予断を許さない中、9月中の衆院解散は難しくなったとの見方が強まり、自民党総裁選日程は「9月17日告示、29日投開票」の線が濃くなっている。
総裁選には安倍前首相がポスト菅の候補として名前を挙げた茂木敏充外相や加藤勝信官房長官、下村博文政調会長、岸田前政調会長に加え、岸河野太郎規制改革担当相や石破茂元幹事長、野田聖子幹事長代行らの名前も取り沙汰される。
8月22日投開票の横浜市長選挙の結果も気になる。菅首相が解散権を発動するタイミングが果たしてあるのかどうか、緊急事態宣言明けに向け、政局は一気に緊迫化してきた。
(このインタビューは、2021年8月16日に行われたものです。)
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。