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.国際  投稿日:2021/8/26

NHKの奇異な言語感覚


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・NHKニュース解説番組で「米ハリス副大統領”アジア武者修行”へ」との報道があった。

・「武者修行の旅」という、NHKの言語感覚を疑わせる表現。

・意味がありそうで意味のない比喩で描写する点が国際報道とは思えない。

 

アメリカの女性副大統領の外国訪問が武者修行?!

なんともおかしな比喩だと感じた。21世紀のアメリカの副大統領の活動を15世紀の日本の武士の活動に重ね合わせる。いくら言葉の遊びでも、たとえの形容でも、あまりにピントが外れている。趣味の悪い言葉の使い方とでもいおうか。

こんな実感を覚えた。

NHKの報道だった。この言語感覚でいくと、いまアフガニスタン撤退の失態で内外から厳しい非難を浴びるバイデン大統領も織田信長とか徳川慶喜のようだとでも述べかねない。ハリス副大統領が在勤するワシントンで視聴したNHK報道だったからなおさらこの奇異な表現が異様なほど奇異に響いたのかもしれない。

私のいまの勤務先のアメリカの首都ワシントンで国際放送の「テレビジャパン」を視聴していての体験である。アメリカでは日本のテレビもこの国際チャンネルでみることができる。NHKのニュースやニュース関連番組も放映されるのだ。

8月20日の金曜日だった。NHKのニュース解説番組で「ここに注目!」という見出しの「米ハリス副大統領”アジア武者修行”へ」というタイトルの報道だった。

この報道と解説を担当したのは髙橋祐介解説委員とされていた。

冒頭のイラストふうの画はアメリカの副大統領カマラ・ハリス氏が日本の武士のようないでたちで、なんと白い馬に乗って、戦国時代の戦場に出ていくような姿をみせていた。この画像だけでもびっくりである。

アメリカ初の女性副大統領、カリフォルニア州で活躍した検事、そして上院議員、インド系の母とジャマイカ系の父の下で黒人とアジア系両方の血統とされるハリス氏はいまのアメリカ政界での女性進出では先端を走る。いかにも現代のアメリカらしい人物である。同時にアジア系といってもインドであり、日本を連想させる要素はまったくない。

だがNHK報道はそんなアメリカ女性を日本の武士になぞらえ、しかも日本の戦場に出陣する日本の武装戦士に描いているのだ。

その報道の内容には以下のようなプレゼンテーションがあった。

「アメリカのハリス副大統領は、20日、就任後初めてとなる東南アジア歴訪に向けて、首都ワシントンを出発します。髙橋解説委員とお伝えします」

ハリス副大統領が馬にまたがり“いざ出陣”

「ハリス副大統領が東南アジアにいわば“武者修行の旅”に出るイメージです。予定している訪問先は、『自由で開かれたインド太平洋』の構想に欠かせないシンガポールとベトナムです。両国と安全保障や新型コロナ対策それに気候変動問題なども話しあいたいとしています」

以上のような冒頭の部分でハリス副大統領が「馬にまたがり、いざ出陣」とか「武者修行の旅」という、NHKの言語感覚を疑わせる表現が出てくるのだ。これを読み上げるのはキャスターたちである。

NHK報道はさらに次のように述べていた。

「なぜ今そうした問題をハリス副大統領が話しあうのでしょうか?」

「東南アジアでも年々影響力を強める中国をけん制するねらいがあるのは明らかです。加えてバイデン政権の頭上には今、暗雲が垂れ込めています。変異株のまん延でコロナ感染が再び拡大し、アフガニスタン情勢も悪化、政権の支持率は今週初めて平均50%の大台を割り込みました」

このあたりの解説はまあ常識的だといえた。だがなぜ武者修行なのか。NHK報道は以下のように伝えるのだった。

「ナンバー・ツーのハリス副大統領も、目立った業績をあげていません。そこで、敢えて“武者修行の旅”に送り出し、彼女に乏しかった外交経験を積ませたい。そうした期待がバイデン大統領にはあるのでしょう」

▲写真 バイデン米大統領とハリス副大統領(2021年7月26日 ホワイトハウスにて) 出典:Photo by Anna Moneymaker/Getty Images

一応の理屈はあるようだ。確かにハリス副大統領はなにも目立つ実績をあげていない。メキシコ国境からアメリカへの大量の違法難民が入国してきて、バイデン政権が強固な対策をとらないために、大混乱となっている。その違法入国者対策の最高責任者にハリス副大統領が任じられたが、肝心の国境地帯に一度も足を運ばず、非難を浴びた。

ハリス副大統領はそのかわりにその種の違法入国者の発生源となっている中米諸国を訪れ、現地の首脳たちと会談した。だがアメリカの国境を違法に越えて侵入してくる中南米系の人たちの数は増える一方なのだ。

ハリス副大統領の外交経験が乏しいというのは客観的な事実である。だがバイデン大統領がハリス氏に外交経験を積ませたいから東南アジアに派遣する、ということから「武者修行」という言葉が生まれてくる発想が私には理解できない。

そもそもバイデン大統領が副大統領に経験を積ませるために、どこでもよい外国に派遣する、というようなNHK報道の前提には根拠がない。

バイデン、ハリス両氏は民主党の大統領選候補選びでは激しく争ったライバル同士だった。しかも副大統領というのはすでに重大な権限や責任が認知された地位であり、就任してから新たに学ぶというような新人用の政治ポストではない。

そもそもアメリカ外交での一つの現象を武者修行にたとえる連想法、発想法が稚拙で的外れである。いくら比喩だとはいえ、あまりにかけ離れた二つの事象をごく限定され、しかもゆがんだ連想能力で無理やりに結びつけたという感じなのだ。

武者修行といえば、江戸時代よりさらに古い戦国時代に武士が剣術の実力を高めるために旅に出て、多くの敵と戦った行為のことである。私自身は剣豪の宮本武蔵をまず思い出す。

だからNHKのこの報道での武士が馬に乗っているイラストも不自然だと思った。武者修行に出る武士ならまず徒歩だろう。

そしてハリス副大統領の訪問先はシンガポールとベトナムだった。ともにアメリカの友好国である。ともに中国を脅威と感じる国だともいえる。副大統領はそんな友好国との絆を強め、改めてアメリカとの関係を固めるという親善の旅に出たのだ。

一方、武者修行に出た武士は戦いが主目的だろう。こんな点でもこのNHK言語はピント外れだった。

そしてさらに出発点に戻るならば、現代の一国の政府代表の外国訪問を武者修行だなどと、意味がありそうで意味のない比喩の表現で描写するという点が国際報道とは思えない。日本の新任の外務大臣が初めて外国を訪問する際にNHKは武者修行と呼ぶのだろうか。

公共放送たるNHKのこんな言語感覚は奇々怪々である。大時代というよりも、率直にいえば、単に愚かに響いたのだった。

トップ写真:2020年の民主党大統領候補者指名に向けてキャンペーン中のカマラ・ハリス上院議員(当時)2019年3月1日 ネバダ州ラスベガス。 出典:Photo by Ethan Miller/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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