マレーシア軍南シナ海演習 中国を牽制
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・マレーシア海軍、実弾発射を含めた本格的な軍事演習で中国を牽制。
・軍事演習では、対艦ミサイルや誘導ミサイルを命中させるなど、防衛能力を顕示した。
・中国は、インドネシアの排他的経済水域内に権益があると、一方的に主張している。
南シナ海南方海域でマレーシア海軍がミサイル発射を伴う実弾演習を実施したことが明らかになった。南シナ海では中国が一方的に主張する「九段線」に基づいて広範囲の領有権、権益圏を主張、周辺のフィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、台湾などとの間で領有権問題が存在している。
しかし中国はこうした「領有権問題」を無視するか棚上げにして、領有権争いが残る一部島嶼部を埋め立てて空港や軍施設などの建設を一方的に進めて「既得権益」「実効支配」という既成事実作りを繰り返している。
これに対しマレーシア海軍は8月7日から12日にかけて6日間、フランス製対艦ミサイル「エグゾセ」の実弾発射を含めた本格的な軍事演習を挙行、中国の一方的な行動への警戒感を強めると同時に最近の中国側の動きを牽制した。
こうした本格的な海軍の軍事演習は2014年、2019年に続くもので2020年のコロナウイルスの感染拡大以降では初めての演習となった。
マレーシア東部ボルネオ島の北西沿岸部では5月31日に中国空軍の輸送機が複数接近して、マレーシアの領空を侵犯することはなかったものの、接続空域に陣形飛行をしながら接近した。これには再三のマレーシア側の呼び掛けにも中国機が応じなかったため、マレーシア空軍戦闘機「ホーク」がルブアン空軍基地から「スクランブル(緊急発進)」して対処する事態となった。
このほか中国海警局船舶を伴った漁船群などがマレーシアの排他的経済水域(EEZ)に接近する事案が続いており、6月以降は、ボルネオ島サラワク沖で米調査会社などが海底調査を進めている海底油田に接近して「示威行動」や「挑発行動」を繰り返しているという。
★潜水艦発射対艦ミサイルも発射
地元メディアの報道やマレーシア国防当局の発表によると、軍事演習「タミン・サリ作戦」には海軍の潜水艦1隻のほか複数の水上艦艇、空軍のF-A18戦闘機4機、ヘリコプター2機などとともに兵士1000人が参加した。また海上保安庁に当たるマレーシア海上法執行機関関係者も参加したという。
演習では潜水艦「トゥン・ラザック」が対艦ミサイル「エグゾセSM39」を発射して約22マイル先の目標に命中させたほか、水上艦艇2隻から発射された誘導ミサイル「エグゾセMM40」も約35マイル先の目標をとらえたとしており、「演習は成功だった」と評価している。
マレーシア・サラワク大学の地域安全保障専門家、ライ・マー・メン氏は地元メディアに対して「こうした演習はマレーシアの領土保全、防衛の能力を示すためであり、中国に対して目に見える形でのデモンストレーションになると同時に強いメッセージとなる」と演習の意義を強調した。
★インドネシアとも軋轢
南シナ海を巡って中国はマレーシアなどと抱える領有権問題とは別に、同海域南端部にあるインドネシア領ナツナ諸島北方海域での漁業問題も顕在化させている。
インドネシアのEEZと「九段線」の一部が重複している、と中国が一方的に主張して中国漁船とインドネシア海軍や海上保安機構(Bakamla)艦艇との間で「いたちごっこ」が続いているのだ。
中国側は「2国間の話し合いで解決を目指したい」としているが、インドネシア側は「同海域で中国との間で話し合う必要のある問題は存在しない」(ルトノ・マルスディ外相)と厳しい姿勢を貫いて突っぱねている。
このように南シナ海を巡る中国の一方的な「領有権や権益の主張」は国際社会や周辺国に様々な影響を与えている」が中国政府は「意に介することなく」独自の道をひたすら突き進んでいる。
写真)日米豪印首脳テレビ会議に臨む菅首相 2021年3月12日
出典)首相官邸
とはいえ南シナ海を巡っては日米豪インドによる「クアッド」の枠組みで「自由なインド・太平洋構想」が進められており、対中国で国際社会の「包囲網」は次第にその効果を示し、中国の孤立が始まっているといえるだろう。
トップ写真)エグゾセミサイルを発射するマレーシア海軍
出典)マレーシア海軍公式facebook
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。