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.国際  投稿日:2022/12/18

ベトナム 南シナ海埋め立て強化


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・南シナ海でベトナムが自国領土と主張する島嶼での埋め立てを強化。

・約50のベトナムの拠点がすでに建設され、大型船舶の寄港が可能な港湾施設が完備した拠点もある。

・中国の「国際裁定を無視しながら、ベトナムなどを非難する傲慢な姿勢」が問われる。

 

中国が一方的に海洋権益と領有権を主張して周辺国と対立している南シナ海で中国に対抗するためベトナムが自国領土と主張する島嶼での埋め立てを強化している。

南シナ海ではその大半を自国領海とする中国が独自に「九段線」なる境界を設定して南シナ海の大半を自国領海とし、そこに点在する島嶼や環礁を埋め立てて軍事基地化する動きを継続している。

南シナ海ではベトナムマレーシア、ブルネイ、フィリピン、台湾がそれぞれ領有権を主張して中国と対立している。このほか南シナ海南端付近ではインドネシア領ナツナ諸島の北海域に広がるインドネシアの排他的経済水域(EEZ)が「九段線」と一部重複するとして中国政府はインドネシア政府と話し合いによる平和的解決を呼びかけているが、

インドネシア側は「当該海域で中国と協議するような問題は存在しない」(ルトノ・マルスディ外相)として突っぱねている。

南シナ海を巡っては2014年にフィリピンのベニグノ・アキノ大統領が中国の「九段線」に関して「中国の主張は不当である」としてオランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所(PCA)に訴えた。

PCAは2016年に「九段線とその囲まれた海域に対する中国が主張してきた歴史的権利は国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」との判断を下した。しかし中国政府は一貫してこの判断を無視し続けて現在に至っている。

■フィリピン実効支配環礁に中国妨害

こうした状況の中で中国は「九段線」内に存在する島嶼や環礁を埋め立てて滑走路やレーダー施設、関連施設などを次々と建設し、軍事拠点化を進めている。

フィリピンは自国EEZ内にある南沙諸島のアユンギン礁の浅瀬に戦車揚陸艦を座礁させて、そこに海兵隊員を常駐させて実効支配を守り続けている。

2014年中国は「アユンギン礁の不法占拠を企むフィリピンのいかなる行為も容認しない」と強く反発した。2021年11月にはこの座礁船の海兵隊員に食料などの物資を補給しようとしたフィリピンの民間商船が中国海警局の船舶から進路妨害と放水を受けて物資補給を断念してマニラに帰投する事例も報告されている。

■ベトナムは埋め立てを強化

こうした中国とフィリピンのつば競り合いの一方でベトナムも南シナ海問題では中国に対して強硬姿勢を続けており、このほどベトナムが自国の海洋権益を保護するためとして南シナ海の複数の島嶼で埋め立て工事を強化していることが明らかになった。

米ワシントンの「戦略国際問題研究所(CSIS)」のアジア海洋透明性イニシアチブが発表した報告書「ベトナムの大規模な南沙諸島の拡大」では、ベトナムが過去10年間に南沙諸島に210ヘクタールを埋め立てを行ったが、中国は1295ヘクタールで工事を行い、これまでベトナムが埋め立てた総面積は中国の20%未満にとどまっていると米系放送局「ラジオ・フリー・アジア」は伝えた。

こうした島嶼や環礁の埋め立て工事などによる実効支配の試みは中国とベトナム、フィリピンの3カ国に限定されているという。

中国はこれまでにスビ島、ファイアリークロス島、ミスチーノフ島を完全に軍事拠点化し、西沙諸島のウディイ島も開発を終えているとしている。これに対しベトナムはナミット島、ピアソンリーフ、テナントリーフ、サンドケイでの埋め立てと建設工事を完了させて、軍事基地化が整っているという。

ベトナムは2022年だけで170ヘクタールの土地を開発し、過去10年で219ヘクタールとなったとしている。

詳細は明らかになっていないが南シナ海には約50のベトナムの拠点がすでに建設され、中には大型船舶の寄港が可能な港湾施設が完備した拠点もあるという。

ベトナムによる埋め立てや拠点建設は「議論の余地のない主権の行使」であるとしているが、中国は「ベトナムの拠点は民間の施設ではなく実際には軍事拠点であり、こうした動きは海域の摩擦や紛争のリスクを高める危険な行為だ」と強く反発している。

■PCAがベトナムに事務所設置

12月1日、常設仲裁裁判所(PCA)はベトナムの首都ハノイに事務所を開設したことがプレスリリースで明らかになった。PCAの海外事務所は東南アジアではシンガポールについで2カ所目となり、PCAが南シナ海問題を重視している姿勢の表れと受け止められている。

ベトナム政府はフィリピン政府と同様に中国の「九段線」が無効であるとする訴えをPCAに対して起こすことについて「その可能性を排除しない」としており、新たな動きが注目されている。

PCAの「九段線の主張は無効で国際法に違反する」とした裁定を無視し続ける中国の「国際裁定を無視しながら、フィリピンやベトナムの主権主張を非難するという傲慢で公平、不正な姿勢」が問われようとしている。

トップ写真:ホークァン漁港で魚を積み込み終わった後、ボートを片付けるベトナム漁民達(2016年8月31日 ベトナム・ダナン) 出典:Linh Pham / GettyImages




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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