中国海警局の妨害激化 南シナ海
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・南シナ海で中国海警局船舶による妨害行動が増加。
・米比の安全保障分野での協力が密接になったことが中国を刺激。
・ASEANが一致団結して中国との協議、交渉を進めることが肝要。
南シナ海で中国の海警局船舶による周辺国の漁船や沿岸警備隊船舶への妨害行動や嫌がらせがこのところ増えていることが明らかになった。
米国防長官によるフィリピン訪問で米比の安全保障分野での協力が密接になったことなどが中国政府を刺激して、海警局船舶による妨害行動が激化した、との見方が有力視されている。
米国ラジオ局「ラジオ・フリー・アジア」系列のニュースサイト「ブナ―ル・ニュース」が2月7日に伝えた。
報道によると2月5日から6日に南シナ海のフィリピン排他的経済水域(EEZ)内にあるサビーナ礁近くの海域を航行中のフィリピン沿岸警備隊の艦艇「マテパスクア」に対して中國海警局船舶「5205号」が進路を妨害して比艦艇が長時間の停泊を余儀なくされ、その後も執拗に追尾されたという。
比沿岸警備艇に備え付けられた「自動識別システム(AIS)」の信号で中国海警局船舶と沿岸警備艇双方の動きをとらえることができて双方の行動が明らかになったとしている。
これに先立つ2月1日には同じくフィリピンのEEZ内にあるミスチーフ礁近くの海域でフィリピン海軍艦艇「アンドレス・ボニファシオ」に対して中国海警局の2隻の船舶が追尾、監視活動を続けたことも報告されている。
■米比の安全保障協力強化が影響か
こうした中国海警局船舶の活動活発化の背景には2月2日にフィリピンを訪問した米オースティン国防長官とフィリピンのガルベス国防相による会談があるのは間違いないとみられている。
米比国防相会談ではフィリピン国内にある軍の施設4カ所を新たに米軍が使用可能とすることで合意し、これで米軍はフィリピン牢内にある9つの軍事拠点、基地を使用することが可能になった。
さらにドゥテルテ前大統領時代に中断していた米比合同の南シナ海パトロールを再開することでも合意に達し、今後米比海軍、空軍などとの合同のパトロールが南シナ海で展開され、台湾有事をもにらんだ中国の動きを警戒監視する体制がより強化されることになった。
こうした米比の動きに中国は強い反発を示し2月3日には在比中国大使館が声明をだして「米国の行動は地域の緊張を高め、地域の平和と安定を弱体化させるものである」と批判し、フィリピン政府の対しても「米国に利用され、荒波に巻き込まれることに抵抗することを期待する」と米追従の姿勢を咎めた。
こうした米比の動きが今回一連の海警局船舶による過激な行動に反映されているとみられている。
■周辺国の海底資源探査にも関心
中国はフィリピンだけでなくベトナム、マレーシア、ブルネイなどと南シナ海の領有権を巡って対立しているが、最近は特にマレーシアのボルネオ島西部海域で進む海底資源である石油や天然ガスの探索活動にも海警局船舶を派遣し、マレーシアのEEZに侵入してまで監視活動を強化している。
さらに直接的に中国とは領有権問題を抱えてはいないものの、自国のEEZが中国による一方的な主張で海洋権益圏と称する「九段線」と重複するなどとの「言いがかり」をつけられているインドネシアも南シナ海南端に位置するインドネシア領ナツナ諸島の周辺海域で進めている海底資源探査に中国が関心を示しているという。
同様の動きはベトナムの海洋資源開発の現場周辺海域でも発生しているとされ、中国が南シナ海での周辺国の海底資源開発に関心を抱き、あわよくば「九段線」の権益海域内と主張して、資源開発を「乗っ取る」か「共同開発」に今後持ち込もうと難題を吹っかけてくる可能性も指摘されている。
■南シナ海の行動規範策定へ交渉加速
こうした中国の南シナ海での動きの活発化を受けて地域連合である東南アジア諸国連合(ASEAN)は2月4日にインドネシアのジャカルタで外相会議を開催し、今後加盟国間での南シナ海に関する紛争防止に向けた「行動規範(COC)」の最終的な合意に向けた協議を加速する姿勢を打ち出した。
2023年のASEAN議長国であるインドネシアのルトノ・マルスディ外相は、外相会議を受けて中国と他のASEAN加盟国による協議の進展を促すことで最終的な合意を達成したいと意欲を見せた。
「インド太平洋に関するASEANの今後の見通しは外相会議で議論され、COCの交渉をできるだけ早期に終わらせるとの見通しについても議論された」とルトノ・マルスディ外相は明らかにし、ASEANとして2023年はミャンマー問題と同時に南シナ海問題が大きな課題となるとの見通しを示した。
COCに関しては一部の加盟国が中国との関係を優先してASEANとしてのコンセンサスが得られない状況となっている。
COCは2017年8月のASEAN・中国の外相会議で「枠組み」で合意し、2018年のASEAN・中国首脳会議では「3年以内の策定」で合意、2019年の同首脳会議で2年以内の策定で一致したという経緯がある。
しかし中国はCOCの法的拘束力や紛争解決に関するメカニズムで反対し、中国による巨額の経済支援を受けているカンボジアも中国に同調したため、ASEANとしてのコンセンサスが形成できない状況が続き、暗誦に乗り上げているという現実がある。
さらに中国は域内での海洋資源開発に域外の第3国が関与することなどにも反対しており、COC策定、合意には中国とカンボジアの合意が必要となっている。
このためインドネシアとしてはまずASEANのメンバー国であるカンボジアを説得した上でASEANとして結束して中国との交渉、協議に臨むことが重要との認識で今後の協議に臨む方針という。
中国の南シナ海での活動活発化、権益主張の強化に対しては関係国が個別で中国に対処するよりはASEANとして一致団結して中国との協議、交渉を進めることが肝要であるとの共通認識の醸成がインドネシアには求められることになる。
トップ写真:中国の民兵と沿岸警備隊による嫌がらせに遭う中、西フィリピン海に向けて船を出す準備をする漁師(2021年フィリピン・マリベレス)出典:Photo by Jes Aznar/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。