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.国際  投稿日:2021/9/8

今後10年の方向性決める総裁選


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#36」

 2021年2021年9月6-12日

【まとめ】

小選挙区+比例代表制により、党執行部の力が強まり単一政党となった。

・現在のシステム続けば、傑出したリーダー選ばない限り、自民党長期政権は難しい。

・派閥の人材育成機能が劣化し、責任あるリーダーを輩出できない可能性あり。

 

過去一カ月で二度目の米国出張を終え先日帰国した。羽田空港での検査は何と一時間で終わった。週末だからか、到着便が少ない時間帯だからか、8月中旬の成田空港での3時間とは大違いだった。

でも、出発前と帰国前のPCR検査、帰りのハイヤー代など10万円以上の追加出費は痛い。仕方がないのは判っているのだが・・。

一方、日本の政局は予想以上に激しく動いている。菅首相の自民党総裁選不出馬発言から数日しか経っていないのに、投票日を月末に控えた永田町は異様な政局モードに沸いている。出発前とはまるで違う国に帰って来たような気分だ。陳腐な知ったかぶりの内政コメントは差し控えたいが、一つだけ気になる記事をご紹介しよう。

某有力全国紙の政治部記者はこう書いている。まずは一読してほしい。

●かつて自民党の派閥は、配下の議員が領袖を総裁に押し上げるため、総裁選で抗争を繰り広げた。しかし、「金権政治」の温床ともされたシステムは、1990年代の一連の政治改革のなかで首相や党執行部の力が強まるにしたがって形骸化。7年8カ月に及ぶ安倍政権は、派閥領袖らを抱え込んで安定を図り、総裁候補を育む活力もそいでいった・・・。

申し訳ないけど、ちょっと違うんだなぁ。若い記者は知らないかもしれないが、自民党の派閥が変質した理由は「首相や党執行部の力が強ま」ったからではない。それは原因ではなく、むしろ結果である。以前の自民党は、一党独裁どころか、派閥という事実上の半独立「ミニ保守諸政党」による保守連立政権だったのだから。

以前の派閥が半独立のミニ保守政党であり続けた理由は中選挙区制だ。総選挙の際は各派閥に独立の選対が置かれていたぐらい。ところが、政治改革と称して中選挙区制を廃止し、代わりに小選挙区+比例代表制を導入したため、当然、公認権を持つ「党執行部の力」は強まる。自民党は、ようやく単一政党になったのだ。

▲写真 自民党年次総会にてスピーチをする安倍元総理(2019年2月10日) 出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

このシステムを最大限活用したのが、小泉政権と安倍政権である。この二人の傑出した総理大臣は、派閥の力ではなく、リーダーとしてのカリスマ的パワー、というか、個人の力によって政治的求心力を創造し、強化された自民党総裁のパワーを推進力に変えたのだ。だが、もしこの仮説が正しければ、その結論は恐ろしいものとなる。

第一は、今のシステムが続けば、この種の傑出したリーダーを選ばない限り、自民党による長期政権は難しくなることだ。小選挙区制度の下で、派閥は「半独立した政治マシーン」にはなり得ない。特に、総選挙が逆風で、誰もが自らの再選を懸念し始めれば、組織としての「政治マシ―ン」が機能しなくなるのも当然だろう。

第二の結論は、派閥の人材育成機能が一層劣化する可能性である。冒頭の記事には安倍政権が「総裁候補を育む活力もそいでいった」とある。だが、そもそも、半独立の政治マシーンでない派閥の長に、時の総理総裁と「喧嘩」する気概を求めるのは無理だし、派閥を維持する調整能力と「発信力」「カリスマ性」とは全く別物だ。

第三の結論が最も恐ろしい。それはシステム自体に「ナショナリスト」「ポピュリスト」のリーダーを輩出する機能がビルトインされている可能性があることだ。簡単に言えば、見栄えが良く、サウンドバイトが得意であれば、無責任で、あまり中身はなくても、一般大衆の人気の高い政治家が総理総裁になり得るということでもある。

あれあれ、外交安保のカレンダーであるはずなのに、ちっとも外交の話がなかったばかりか、最後は陳腐な知ったかぶりの内政コメントになってしまった。心よりお詫び申し上げる。それでも、今回の自民党総裁選は今後10年の日本の方向性を決めかねない重要なものだ。来週は今の日本外交に必要な人材について書くことにしよう。

〇アジア

習近平国家主席が「貧富の差を是正しすべての人が豊かになる『共同富裕』を目指し、高すぎる所得の調整や高所得層や企業に対して社会への還元を促す方針を打ち出したと報じられた。もし「共同富裕」が、税や社会保険料に代わり、政治的手段で富の再分配を図ることだとすれば、これは何かの「終わりの始まり」となるだろう。

〇欧州・ロシア

独総選挙が26日に予定されているが、メルケル現首相の保守与党CDU・CSUが苦戦する一方、中道左派・社民党が支持を伸ばし、同党中心の左派政権誕生の可能性が出てきたという。「ポスト・メルケル」のドイツが混乱すれば、それは即、EUの混乱に繋がる。ドイツの総選挙の行方には最大限の注意が必要だ。

〇中東

アフガンのマザリシャリフ空港で、チャーター便の離陸をタリバンが許可せず、米国人やアフガン人協力者ら約千人が5日間も足止めされているそうだ。アフガニスタンの現状を象徴するようなニュースだが、この種のことは「これが最後」ではなく、恐らくは単なる「始まり」に過ぎないだろう。タリバンの統治能力は恐ろしく低い。

〇南北アメリカ

バイデン大統領の支持率が急落したという。アフガン駐留米軍撤退プロセス、新型コロナ感染再拡大、甚大なハリケーン被害という三重苦に直面し、各種世論調査の平均で不支持率が上回ったそうだ。それでもまだ46%もある。レバノン撤退後のレーガン大統領支持率は39%にまで急落したが、同大統領は再選された。ここで一喜一憂するのは如何なものか。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:2020年自民党総裁選の様子(2020年9月14日) 出典:​​​​Photo by Eugene Hoshiko – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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