河野元防衛大臣に改革なし
照井資規(ジャーナリスト)
【まとめ】
・河野元防衛大臣が行った自衛隊内のパワハラ厳罰化施策は成果がない。
・パワハラ厳罰化よりも反抗不服従の処罰の体系化、厳罰化の面の方が大きい。
・実態は「上官がより強制力を発揮しやすくするための罰則」の体系化。
河野元防衛大臣が行った自衛隊内のパワハラ厳罰化施策は成果がないばかりか、部下の隊員による反抗不服従の処罰の体系化、厳罰化の面の方が大きい。実態は「上官がより強制力を発揮しやすくした」罰則の体系化だ。「パワハラ対策」の名の下で進行する反抗不服従の厳罰化は防衛組織崩壊の兆候にすら見える。
パワハラは最悪の人材喪失
ここ10年来人員不足が深刻な自衛隊にとって、パワハラは最悪の人材喪失である。
「指導」の名の元に行われる上官からのパワハラにより、自衛隊ではどれほど多くの人材が失われていることだろうか。筆者は20年間、陸上自衛隊に勤務したが、自殺してしまったり精神疾患などで以前のようには会えなくなってしまった隊員は20名以上にもなる。しかも、どの人も国の宝と言えるほど優秀な人たちであった。
昨年7月14日に北海道を訪れた際、現役の1等陸曹に面談する機会があった。1等陸曹や陸曹長の集合訓練である上級陸曹課程にて「命の雫」裁判となった訓練事故を事例研究として、「指導」の名の元に行われるパワハラや、格闘訓練の場を利用した暴行事件、傷害事件は今後増えていく傾向にあり、その対策を講じるための教育が行われたという。現場の努力の一方で、パワハラを抑止するための体制づくりは今もなお不充分なままだ。
河野太郎行政改革担当大臣は、2019年9月11日、第4次安倍第2次改造内閣において防衛大臣に就任した翌年の20年2月に、パワハラを行った自衛隊員への処分を厳罰化「それまでは自衛隊内で暴力をふるっても、数日の停職で済まされたケースが多かったのですが、被害者に重症を負わせるなどの重大な事案によっては免職にする」すると発表した。
▲写真 防衛大学の卒業式 河野太郎防衛省(2020年3月22日 横須賀) 出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
詳しくは、報道機関に開示された、防人服(防)第46号「暴行等を伴う違反行為に関する懲戒処分等の基準について(通知)」と防人服第1168号「暴行等を伴う違反行為に関する懲戒処分等の基準についてに規定する人事教育局長が定める考慮事項等について(通知)」(いずれも令和2年1月31日付)にあるもので、それぞれ違反態様別にまとめると3つの表のようになる。
▲表 「防衛省・自衛隊 暴行等を伴う違反行為に関する懲戒処分等の基準について」
総じて言えるのは、表「防衛省・自衛隊パワハラ処分の厳罰化」にあるように、厳罰の適用基準を細分化し処分基準を厳罰化したことは、自衛隊におけるハラスメントと反抗不服従の問題が深刻化している兆候であろう。一般的に自衛官が停職6日以上の処分を受けた場合は、昇級もしなければ異動もできなくなるため、自衛隊人生は終焉を迎えたに等しい。処分を受けた多くの自衛官が、その後の人生の安定を求めて自衛隊に居続けるか、依願退職をして他の人生を目指すかの選択を迫られる。
▲表 「防衛省・自衛隊パワハラ処分の厳罰化」
自衛隊とは減点式の人事評価であり挽回の機会は無い。この人事制度はまた「何も起きないために何もしないこと」という単一の価値観が重視される組織になる元凶ともなっている。故に自衛隊とは挑戦や改革が起きない組織体質となりがちなのだ。このためにパワハラの問題がいつまでも解決されないままでいる。
ハラスメントの懲戒処分の基準では「暴行さえしなければ軽処分」のままである。軽処分では加害者の自衛隊人生には影響が無いため、「殴りさえしなければ何をしても構わない」という現状は改善しない。手を出しさえしなければパワハラとはならないのであるから、長時間正座をさせる、仕事を与えないなど、手口がより巧妙化、陰湿化しており、あまり効果はない。被害者が精神疾患を発症すれば加害者は重処分となるが、精神疾患を発症することは被害者の自衛隊人生の終焉を意味するので、被害者が診断名をつけられることを拒否する事例も多い。パワハラを行う者はこうした境界を意識して巧みにハラスメントを実行しており、一時の感情によるものはあまり見られないものだ。
メディアで報道されなかったが、注視すべきは「上官等及び特別勤務者に対する反抗不服従等」の処分の厳罰化である。自衛官には「上官の命令に服従する義務」があるため、ハラスメントの「免職を基本」に比し「免職」とより厳罰化されている。ハラスメントに名誉毀損が無いのに対し、反抗不服従にはSNSなどによる上官の名誉毀損が定められていることも特徴的だ。
防衛組織は命令と服従で成り立つが、反抗不服従に関して懲戒処分基準の細分化、厳罰化がなされることは、自衛隊内での不服従が横行し始めているのではないか。
筆者が自衛隊に入隊した26年前は、最下層の階級の隊員は年功序列であり在隊日数が1日でも多ければ、同じ階級でも「上級者」であり不本意ながらもその指示に従わざるを得なかったが、そのことが組織の規律を維持している面もあった。現在では陸士の人員構成が複雑となり、30歳の2等陸士、帰化した徴兵制の軍歴のある元外国人の2等陸士も珍しくはない。こうなると単一の価値観では命令と服従の関係を構築することが難しくなる。陸曹の中には人事権を持つ1等陸尉以上には従うが、2等陸尉以下など幹部とも思わずに接している者も少なからずいる。反抗不服従の処分厳罰化は自衛隊の規律の乱れの兆しであるとも言える。
重要なのは「人の器」
他人は自分と違うのであるから、自分の思うように動かないのは当然である。また、命ぜられた本人が理解して納得していなければ、命令であっても人は動かないものだ。
人の本心は人に従うものであり、命令や制度に従うものではない。部隊が動かないのは指揮官の器が狭量であることの証左であり、その器にない者が指揮官に就いた部隊は悲劇以外の何物でもない。重要なのは人としての器の大きさである。河野元防衛大臣本人が官僚に対するパワハラが問題視されているのであるから、自民党総裁になってしまったのであれば、自衛隊のパワハラ厳罰化施策のように裏表があり、問題解決がなされない政策がされてしまうのではないかと筆者は危惧している。
※筆者の自衛隊勤務歴などは防衛省情報開示請求隊員個人2015年11月26日の第11番目による
トップ写真:安倍晋三首相と河野太郎防衛相(2019年9月17日 防衛省にて) 出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
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この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト
愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。
同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など
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