英仏、漁業権対立の行方混沌
Ulala(著述家)
「フランスUlalaの視点」
【まとめ】
・EUを離脱した英国の領海の漁業許可証発行について、英仏の話し合い延長が決定。仏は、少なくとも11月4日までは制裁しないことに。
・仏制裁は、英海産物荷揚げ拒否や、英商品通関手続きの厳格化など。
・このままこじれると、英EU間で維持した関税ゼロの貿易協定の一部分が壊れる可能性もあり、英国にとっても不利益に。
1月にブレグジットで欧州連合(EU)を完全離脱した英国の領海で漁業の許可証発行について、フランスと英国間で長らくもめていたが、話し合いの延長が決定した。
11月1日までに英国側が英EU間の貿易協定で定めた規則に従わなければ、フランス側が制裁する予定であったが、少なくとも11月4日までは制裁しないこととなったのだ。この決定を受け、英国政府は、「綿密な議論が必要であるというフランスの認識」として歓迎し、フランス側の海洋水産海洋農業委員会(CNPMEM)の局長も、「良い兆候」とした。
英国とEUとの協定では、フランスをはじめとするEUの漁業者は、英国のEU離脱以前から英国やジャージー島周辺海域での漁業歴がある場合に限り、引き続き漁業ができることになっていた。しかし、英国側は一部の漁船を許可しなかったのだ。そのため、フランスではすでに10カ月も漁に出れず困っている漁師がおり、フランス政府としても自国の漁師を守るために一歩も引けない状態なのである。
このように英国が漁業許可を制限しようとしているのには理由がある。英国の漁民は、自国経済水域で外国漁船が操業していることに長年不満を募らせてきているからだ。
■ 英国とEUにとって、かなり重要な漁業権
英国周辺では、主としてオランダ、ベルギー、フランス、デンマーク、アイルランド、スペイン、ポルトガルなどの漁船が操業していた。
EUの各国は、内陸国が多いため英国の排他的経済水域(EEZ)へのアクセスは大きな意味を持っていた。そこで、欧州経済共同体(EEC)が資源保護措置を決定する権限を持ち、EU加盟国間のオープンで平等なアクセスを保証したのだ。
しかし、これは英国にとっては自国海域での主権を無くした状態であったともいえる。英国の漁民にとっては不満の種でしかなかったのだ。
英国の水産物と水産加工品の輸出額の65%はEU市場向けであったが、漁民の団体「離脱に向けた漁業」によれば、英国水域の漁獲量の59%が英国以外のEU漁船によるものである。もっと漁業での利益を増加させるためにはなんとしても自国海域での主権を取り戻す必要があり、そのためにEU離脱を推進していた。2016年6月の国民投票直前の調査では、英国の漁業従事者の92%は離脱派であった。
だが、単純にEU離脱して、EUに輸出するのに関税がかかるようになれば反対に英国の漁業に大きな打撃を与えることになる。そこで交渉が始まったが、その交渉自体も最後の最後までもめにもめた。それでも、なんとか2020年12月にようやく話がまとまったのである。
この合意にいたった時点では、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「公平でバランスが取れた合意」と述べ、また、ボリス・ジョンソン英首相は官邸で記者会見し、「自分の海域について決定権をもつ独立した沿岸国になった。」と発表しており、EUと英国間で交わされた貿易協定は、お互いが十分に納得している内容にも思われた。
しかし、この協定に含まれているにもかかわらず、英国に申請した多くの漁船の操業許可が下りないのだ。マクロン大統領が「10カ月も話し合ったのに、その規則を英国が守らない」といっているのはこのことである。
■ フランスは、約束が守られていないと主張
フランスのマクロン大統領は、英側が多くのフランスの漁船の操業を認めないのはEUとの間の貿易協定に違反すると訴え、「英国の信用の問題だ」と非難した。フランスによれば、許可されたのは50%のみだという。具体的件数で言えば、210件は認められたが、残り244件は認められていないというのだ。
これは、フランスだけにとどまらず、ベルギー、オランダ、デンマークなどの他のEU国でも起こっていることで、フランスと英国の問題ではなく、EUと英国の問題だと断言する。そして許可書をださないならば、制裁として、英海産物のフランスでの荷揚げの拒否や、英商品の通関手続きの厳格化も始める方針とした。
■ 英国は、協定に沿って行っていると主張
しかし、英国のジョンソン首相は30日、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で訪問中のローマで、EUのフォンデアライエン欧州委員長と会談し、「フランス側のこのような脅しは完全に不当だ」と訴えた。英国は、「EU船舶の申請の98%を承認している」と強調したのだ。
■ 平行線をたどる両者の主張
明らかに、フランス側と英国側の主張が異なっている。そんな中、31日にはジョンソン氏とフランスのマクロン大統領が約30分間会談が行われたが、この会談でも、解決には至らなかった。
会談後、フランス当局は、争いを終わらせるために「今後数日」のうちに「実際的な措置」に取り組むと述べていたため解決したのかと思いきや、なんと、ジョンソン氏の広報官はこうした合意を否定し「まずフランスが(対抗措置の取り下げに)動くべきだ」と発表したのだ。このことは、さらにフランス側からの怒りを買った。
だが、英国側もひるむことなく、今後、フランスが通関を厳格化すれば、英EUの貿易協定に定められた「紛争解決手続き」の発動を検討する方針とした。
しかしながら、このままこじれた場合は、英EU間で維持した貿易協定での関税ゼロの貿易の一部分が壊れる可能性もあり、英国にとっても不利益となる。そんな中、今回の制裁の延長発表となった。少なくとも11月4日までに延長され話し合いを続けていくこととなったのだ。関係者は、固唾をのんで見守っているところである。
<参考リンク>
Licences de pêche : Paris annonce le report des sanctions françaises
トップ写真:COP26で挨拶する英ジョンソン首相と仏マクロン大統領(2021年11月1日、スコットランド・グラスゴーにて) 出典:Photo by Alastair Grant – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。