中国「不動産税」試験的導入の影響
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国全人代は「不動産税」を一部の都市で試験的に導入を決定。
・中国恒大ら大手不動産がデフォルトの危機に瀕しており、不動産バブルが弾けようとしている
・不動産会社全体で総額約560兆円の債務があると見られる中、「不動産税」導入で不動産価格暴落の可能性も。
今年(2021年)10月23日、中国の全国人民代表大会常務委員会は、「不動産税」(日本の固定資産税にあたる)を一部の都市で試験的に導入することを決めた。まずは5年間の試験期間を設けるという。
中国共産党は、この施策で不動産価格の上昇を抑え、「共同富裕」の実現を目指す考えである。 2011年から上海市や重慶市では購入した住宅への課税(一種の財産税)を先行して実施してきた。ただ、両市では「土地使用権」(借地権)は課税の対象外となっている。
よく知られているように、中国の土地は国有ないしは公有である。したがって、今度の「不動産税」は、「土地使用権」と同時に、建物などへの課税となる。
一般に、住宅用「土地使用権」は70年、工場や商業施設の「土地使用権」等は、40年から50年と定められている。期限が切れれば、中央政府や地方政府に土地を返還しなければならない。そのため、中国人富裕層は日本をはじめ、海外で(原則、永久保有の)不動産を購入しようとする。
ただ、今度の政策導入には時期的に問題があるのではないか。現時点で、中国恒大をはじめ、花様年、中国地産、佳兆業など、大手不動産がデフォルトの危機に瀕している。今まさに不動産バブルが弾けようとしていると言っても過言ではない。
野村ホールディングスの試算によれば、中国不動産会社全体で、総額5兆米ドル(約560兆円)の債務を持つ(『ウォール・ストリート・ジャーナル』「恒大以外にも、中国不動産業者に560兆円負債」2021年10月11日付)という。このような微妙な時期に、突然「不動産税」を導入したら、不動産価格の暴落を引き起こす可能性があるだろう。
ちなみに、中国恒大をめぐって、建設がストップしたマンション購入者らは、返金を求めた。それに対し、政府は公安や武装警察を投入して、恒大を守る構えを見せている(中国では、常に政府は企業に味方する)。
さて、中国共産党最大の失政は、「改革・開放」以後、社会主義を謳いながら、「共同富裕」実現を真摯に目指さなかった点にあるだろう。
鄧小平は「先富論」を唱え「先に豊かになる者は豊かになれ」と号令をかけた。これ自体、決して間違いではなかったと思われる。
しかし、社会主義体制の中では、共産党幹部が各部門で認可権等の実権を掌握している。普通の人ならば高額の賄賂を使わなければならない所を、党幹部子弟らにそれらは必要ない。党幹部同士、お互い助け合うので、子供や孫たちは楽にビジネスを進められる。
本来、中国共産党は、もっと早期(例えば、1980年代、遅くても1990年代)に「相続税」や「財産税」などを導入すべきだったのではないか。ところが、共産党は「相続税」や「財産税」に関して、まったく手をつけなかった。そのため、貧富の差がどんどん拡大した。現在、党幹部子弟やその一族は、巨万の富を築いている。
▲写真 第13回全国人民代表大会第4回会期(2021年3月11日) 出典:Photo by TPG/Getty Images
今、習近平政権は新興のIT関連企業トップや芸能人らへの「共同富裕」への参画を強要している。だが、それよりも「相続税」や「財産税」の導入など、別の政策で「共同富裕」を目指した方が良いのではないだろうか。
昨年5月、李克強首相が中国には毎月1000元(約1万7000円)で暮らす人達が約6億人もいると公表した。だが、一方、習近平主席とその一族は、100兆円の資産を持つと言われている。以上のように、中国では「相続税」や「財産税」がないため、格差が開いた。
周知の如く、ジニ係数は社会的貧富の差を表す数字(数値は0〜1の間)である。0は限りなく平等で、1は1人がすべての富を独占している状態をいう。一般に、社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4だと言われる。
2018年の数字では、北欧・東欧はジニ係数が0.2台で、平等な社会を形成している。また、ドイツは0.29、日本は0.33で、割りと平等な社会を実現していると言えよう。米国は、0.39と、若干、格差のある社会だと言えるかもしれない。
他方、中国はどうか。2011年、西南財形大学は「中国家庭金融調査」を実施し、中国のジニ係数は0.61だと公表した。0.61という数字は4.9%未満が全国の50%の所得を得ていることを意味する。
また、東呉証券(蘇州市)チーフエコノミスト、任沢平によると、中国は、2015年に0.711、2019年にはいったん0.697に下がるが、新型コロナ下、2020年には0.704へと再上昇したという。ちなみに、中国人の上位1%が中国総資産を持つ割合は、昨年には30.6%まで上昇した。今の中国では、いつでも反乱や革命が起きても不思議ではないだろう。
既述の中国恒大の例でわかる通り、習近平政権はデジタルシステムで民衆監視し、公安や武装警察を使って暴動を阻止している。結局、中国共産党は、自らの政権を維持する事をだけを考え、人民の利益や福祉は二の次となっているのではないか。これでは「共同富裕」実現は“掛け声倒れ”になる恐れがあるだろう。
▲写真 中国湖北省武漢の恒大集団長青社区(2021年9月24日) 出典:Photo by Getty Images/特派員
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。