中小企業“搾取”を画策する習近平政権
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・国家財政の悪化で、各地職員の給与のカットや欠配が発生。
・「毛沢東派」の張宏良が、民間企業の資産を凍結するよう呼びかけ。
・習政権は、国家財政の赤字を埋めるため、民間企業の資産を“搾取”しようとしているのでは。
周知の如く、目下、中国経済は停滞している。そのため、近頃、相次いで、全国各地政府機関の従業員の給与カットや手当の取り消し(a)が行われている。
一例を挙げてみよう。天津市の場合、財政はとっくの昔に破綻しているという。そのため、市政府は、会社や個人に対し(罰金の形で)増税するしか方法がない。天津市の学校、機関、一部の公務員は、業績給や週末の時間外手当を取り消した。そのため、今年に入ってから大規模な給与欠配が発生している。
天津市河北区など少なくとも4つの区は、政府が財政難に陥っており、多くの公務員が数ヵ月間、賃金未払いに苦しんでいる(b)。そこで、同市の役人は地元の大悲寺院へ行き、僧侶から金を借りようとした。だが、僧院もカネに困っていて、市の借金要求を拒否した(c)という。
大悲寺院は河北区天緯路に位置しており、天津で現存する規模が最も大きく、最も歴史の古い寺(b)である。地方政府の役人が寺院に借金を依頼するのは“前代未聞”の異常事態と言っても過言ではない。
さて、中国には5000万社近い民間企業があり、その99%は中小・零細企業である(d)。
数年前、自称“金融人”の呉小平が 「中国の民間セクターの撤退」を示唆する文章を発表し、激しい議論が巻き起こった。
それに続き、今年(2023年)10月1日、「毛沢東派」の張宏良が、中国共産党に民間企業の資産を直ちに凍結するよう促す記事を発表した。張は「習近平政権は民間企業の財産を直ちに凍結しなければならない。1分1秒遅れるごとに莫大な損害が増える」と訴えている。
だが、『復興網』に発表された張宏良の記事は、「すべての民間企業を抹殺しようとしている」とネット民から集中砲火を浴びた。
張によれば、中国恒大や碧桂園が、中国の何千もの個人事業主に対し、会社の資産を個人の資産へ、中国の資産を海外の資産へ移す方法や銀行負債を失くす方法を暴露(e)した。
そのため、張は、ますます多くの個人事業主が「資産を海外に移そうと躍起になっている」と主張する。
一部のネット民は、張宏良の提案は、直近の民間企業を積極的に支援するという政府の政策に合致せず、反対に「後退」しようとしていると指摘した。
張は、また「当局は1日でも早く民間企業の資産を凍結すれば、中国の富は少しの損失ですむ。だが、1日遅れれば、中国の富はその分、更に損失を被る」と主張している。「もし当局がそうしなければ、国家が富の損失に耐えられなくなり、最終的に国全体が火の海に突き落とされる可能性がある」ともいう。
確かに、問題の中国恒大などは本当に民間企業なのか疑わしい。そもそも許家印はなぜ2兆4400億元(約48兆8000億円)もの融資を受けられたのだろうか。許のバックには曾慶紅等の大物がいる(f)と考えられる。
結局、張宏良は、「恒大事件」を利用して民間企業を非難し、破壊しようと企て、「改革・開放」を否定している(e)のではないか。
現在、3年間のコロナ流行によって、大多数の民間企業が立ち行かなくなり、若者が失業している。失業問題は多くの民間企業が操業を再開しなければ解決しないだろう。
今年10月1日の国慶節に毛沢東の肖像画が登場したことからもわかるが、張宏良の文章を決して無視することはできない。張の背後には特別な勢力がいる(g)のではないかと推測できよう。
中国では、専門家の教授や学者は、背後にいる、あるグループを代表して発言することが多く、必ずしも自分だけでこのような過激な記事を書いているわけではない。基本的に、彼らは上層部の意向にそぐわないことは一切言わない。他方、政府はその「世論」の反応を見て政策を立てるという。
ひょっとして、習近平政権は、国家財政の赤字を埋めるために、民間企業の資産までも“搾取”しようとしているのではないだろうか。
〔注〕
(a)『万維ビデオ』
「一夜にして、『全人民の給与カット』が始まった」
(2023年9月29日付)
(https://video.creaders.net/2023/09/29/2653259.html)。
(b)『自由時報』
「中国の多数地域で公務員の給料未払い 天津市区政府が寺院に借金しようとする」(2023年9月8日付)
(https://ec.ltn.com.tw/article/breakingnews/4421635)。
(c)『FRA』
「各地多くの公務員・慈善団体では給料欠配 天津市区政府、寺院にカネを借りようとする」(2023年9月7日付)
(https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/jingmao/gt1-09072023013319.html)。
(d)『FRA』
「『民間セクターの撤退』説に続いて、毛沢東主義者による『民間企業の財産凍結』を促す奇妙な記事が掲載される」(2023年10月3日付)
(https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/jingmao/gt2-10032023081624.html)。
(e)『中国瞭望』
「『民間企業の資産を凍結』、これは民間企業を皆殺しにしようとしているのか?」(2023年10月3日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/10/03/2654497.html)。
(f)『中国瞭望』
「許家印の背後の3大常務委員家族、中国恒大の爆雷は習近平の点灯する導火線か?」(2023年10月4日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/10/04/2654895.html)。
(g)『自由時報』
「中国政府は資金不足に陥っているが、毛沢東主義の学者が民間企業の財産凍結を提案して非難されている」(2023年10月4日付)
(https://ec.ltn.com.tw/article/breakingnews/4448371)。
トップ写真:中国の建国記念日にあたる「国慶節」前日に、天安門広場で行われた「烈士記念日」式典に出席した習近平国家主席(2023年9月30日 中国・北京)
出典:Photo by Ken Ishii-Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。