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.国際  投稿日:2023/10/6

中国恒大破綻に見る習近平政権の無策


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国恒大集団、ニューヨークで破産法の適用を申請。

・「隠れ債務」を低金利コストの債券に変換できるようにする計画を開始。

・小手先の措置で終わる公算が大きいのではないだろうか。

 

今年(2023年)8月17日、中国恒大集団が、ニューヨークで米国破産法第15章に基づく破産法の適用を申請(a)した。米国破産法第15章は、企業が他の司法管轄区で再建策を講じる際、米国資産の保護を与えるものである。

仮に、近い将来、中国共産党政権が崩壊するとすれば、民間不動産業を“抑圧”するために設定された「3つのレッドライン」(b) (①総資産に対する負債比率が70%以下、②自己資本に対する負債比率が100%以下、③短期負債を上回る現金の保有) によるのではないだろうか。

ある意味、その画期的な出来事こそ、中央政府の財政破綻につながる恐れのある中国恒大の没落(c)であった。

1994年に始まった税分与制度で財政力の中央集中化と行政権の地方分散化が進んだ。そこで、地方政府は税収を確保するため、不動産業界への依存度を高めている。

さて、2021年9月、中国恒大のデフォルトが起きた際、中国当局は有効な対策を講じることができなかった。

当時、中国恒大の資産は2.3兆元(約46兆円)、負債は1.95億元(約39億円)、純資産は3500億元(約7兆円)、資産の大部分は沿海土地と深圳市旧市街地の改造プロジェクト等だった。

当局が流動性を担保したり、数社の大型公企業、AMC会社(資産管理公司<Asset Management Company>)が介入したりすれば、もしかすると、恒大は経営を安定することができたかもしれない。

習近平政権は「3つのレッドライン」のような市場の正常な機能を損なう行政上の制限を速やかに解除し、その危機が不動産業界全体と関連する川上・川下産業に影響を及ぼさないよう留意すべきだった。

しかし、北京はそうしなかったばかりか、「ゼロコロナ政策」や中ロの「上限なしの協力」を遂行し、国内外の政治と市場環境を悪化させている。

以前、習主席は「家は住むためのもので、投機のためのものではない」と提起(d)した。

中国恒大が危機に陥った際、北京は依然、その主張に固執し、痛みを伴わない「16の金融措置」(e)等の措置を導入した。このような生ぬる施策では、大手不動産開発業者の苦境を救済するのは困難だろう。

習政権は、元来「権力を集中させて大きなことをする」という「制度的優位性」で、まだ問題を解決するのに十分な手段を持っていた(c)はずである。

しかし、各レベルの役人はやる気がなく最低限の仕事しかしないで(「寝そべり族」的手法)、人民を守るための措置を行わなかった。

たぶん中国共産党内では、誰かが恒大の“悲惨な結果”を知っていたはずである。少なくとも当時経済を担当していた劉鶴元副首相は、市場の法則について理解していたのではないだろうか。

けれども、2013年、習政権下、「反腐敗」の名目で内部大粛清が始まり、ついには、2018年の憲法改正で共産党政権は集団的財産権から完全に習主席1人の私的財産権へ変化した。したがって、劉鶴さえも中国恒大救済に動けなかったのかもしれない。

ところで、北京は、地方政府の「隠れ債務」によって引き起こされる財政リスクを軽減するために、「隠れ債務」を低金利コストの債券に変換できるようにする計画を開始(f)したという。

例えば、内モンゴル政府は663億元(約1兆3260億円)相当の3つの「借換債」を発行する。償還期限は3年から7年で、毎年10月10日に利払いを行い、満期時に元本の一括返済と最終利払いを行う。

9月28日、国営メディアは地方政府特例債の新規発行が徐々に減少していることを踏まえ、債務問題の解決に「良い時期」だと報じた。

ただ、国際通貨基金(IMF)は中国地方政府の「隠れ債務」は今年66兆元(約1320兆円)に達すると予想している(その大部分は「地方政府融資プラットフォーム」に集中する)。

北京が最新発行予定の地方政府借換債(借入を許された期間内で、一度全額返済し、再度同額借入を行う時に発行する地方債)の総額は余りにも小さい。これも小手先の措置で終わる公算が大きいのではないだろうか。

〔注〕

(a)『BBCNews中文』

「恒大:負債を抱えた中国不動産最大手、米国での破産法申請が意味するもの」

(2023年8月18日付)

https://www.bbc.com/zhongwen/simp/business-66541011)。

(b)『Reuters』

「焦点:中国の不動産企業『3つのレッドライン』融資ルール来年、一部の企業はシャドーバンキングから借りることができる」

(2020年8月29日付)

https://www.reuters.com/article/chinese-property-developers-funding-rule-idCNKBS25P01Y)。

(c)『FRA』

「紅い王朝の終焉 『ゴミの時代』に突入」

(2023年9月30日付)

(https://news.popyard.space/cgi-mod/newscroll.cgi?lan=cn&r=0&sid=15&rid=1164318&v=ranked)。

(d)『中華人民共和国中央人民政府』

「中央経済工作会議が『住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない』という不動産市場の発展方向を明確にする」

(2016年12月16日付)

https://www.gov.cn/zhengce/2016-12/16/content_5149066.htm)。

(e)『中華人民共和国中央人民政府』

「不動産市場の安定的かつ健全な発展を促進するため、2部門が16の金融イニシアチブを推進」

(2022年11月23日付)

https://www.gov.cn/xinwen/2022-11/23/content_5728466.htm)。

(f)『万維ビデオ』

「もう我慢できない。北京で大きなニュースが流れる」

(2023年9月28日付)

(https://video.creaders.net/2023/09/28/2653015.html)。

トップ写真:中国恒大センターの入り口

出典:LewisTsePuiLung / Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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