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.国際  投稿日:2021/12/21

「ASEAN代表部」の創設を


嶌信彦(ジャーナリスト)

「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」

【まとめ】

・日本とASEANとの経済的な結びつきは、戦後以来きわめて固い。

・ASEAN市場の成長性に注目集まる。米・中も積極的に参入。

・日本はASEAN対策を抜本的に見直すべき。各国との二国関係だけでは不足。

 

東南アジア諸国連合(ASEANを巡って日本、アメリカ、中国の引き合いが徐々に激しくなっている。日本は戦後、独立を果たしたASEANの国づくりにODA(政府開発援助)などを通じ多大な支援を行なってきた。まさにASEANは、日本の庭先のような存在で日本との絆は極めて固いものだった。

ところが、ここ数年の間に中国がASEAN各国に近づき日本の牙城を崩し始めてきた。またアメリカもASEANの経済発展と、インド・太平洋地域を重視してきた軍事的、地政学的な重要性からASEANに着目し、中国への対抗もあってASEAN取り込みに力を入れ始めているのである。

▲写真 アメリカとASEANの首脳会議(2021年10月27日) 出典:ASEANウェブサイト

ASEANは唯一独立を守ってきたタイを除いて20世紀に入ってもイギリス、フランス、オランダなどの植民地支配を受けていた。第二次大戦中は日本の軍政下に置かれ、独立を果たしたのは戦後の事だった。1960年代のベトナム戦争を機にASEANの間で地域協力の機運が生まれ、1967年の「バンコク宣言」によってASEANが誕生した。

原加盟国はタイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシアの5ヵ国で、1984年にブルネイが加盟し、その後メコン地域のカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムが入り、現在はASEAN10(アセアンテン)と呼ばれている。

ASEANの国勢は多種多様だ。インドネシアは2億7千万人、国土は日本の約5倍を持つ大国だ。タイは7千万人・日本の1.4倍の広さで、フィリピンは1億1千万人、日本の約8割の国土だ。小国ではカンボジアは1500万人、日本の約5割の国土、シンガポール571万人で東京23区と同程度の広さ、ラオス738万人・日本の約4割の国土、ブルネイ46万人・三重県とほぼ同じ広さ――などといった具合だ。まさに人口も国土も多種多様の構成となっている。人口は10ヵ国で6億6000万人を超えEUやアメリカを上回っている。

 6億6000万人の市場、中国に次ぐ第2位の貿易相手

近年、ASEANが世界から注目されてきたのは、まだ一人当たりのGDPは少ないが明らかに次の成長センターになるとみられているからだ。北米やEUを上回る6億6000万人の人口は、今後の内需の発展で大きなマーケットになることは間違いない上、農業や天然資源の宝庫でもあり、今後の成長過程で観光や中小企業の発展も期待されているのだ。

▲画像 「成長するASEAN」 出典:IMF2021年10月のデータから嶌氏作成

また日本人の暮らしとの関係も深い。エビの輸入の55%はASEANから入ってくるものだし、パイナップルの98%、液化天然ガスの50%、めがね用レンズの78%はASEAN産だ。多くの日用品、家電製品、自動車部品、果物や魚介缶詰加工品などもインドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムなどで製造されており日本メーカーの工場として大きな役割を果たしている。さらに天然ガスや原油などのエネルギー供給国としても重要な存在となってきている。貿易関係では、中国の23.9%に次いで大きい15.0%を占め、アメリカの14.7%、EUの10.5%をしのいでいる。日本の対世界貿易額127兆円のうちASEANは19兆円を占める主要な貿易パートナーなのだ。

また投資先としては、ASEANは東アジア地域では日本の最大の投資先となっており、東アジア累計の投資額15兆7487億円のうち、ASEANは5兆539億円に達し、そのシェアは中国向け投資の30.7%を抜き、32.1%に達し最大となっている。さらに経済パートナーとして経済連携協定(EPA)をシンガポールをはじめ、インドネシア、タイ、ブルネイ、フィリピンとも2国間EPAを結んでおり、2008年には日本・ASEAN包括的経済連携協定も発効している。

かつての日本はASEANから原材料や農水産品を輸入し、製品をASEANに輸出する構造となっていた。1980年にASEANからの製品輸入は10%にも満たなかったが、2018年には電気機器、木製品、衣類、服飾品などを中心に67%にまで増大、貿易構造は大きく変わってきている。

 ASEANに1万3000社の日本企業と20万人の日本人が暮らす

さらに日本企業にとってASEANはアメリカと並ぶ重要な投資先となっている。2018年には13,000社以上の日本企業がASEANで事業を展開し、ASEANで暮らす日本人は20万人を超えている。また観光も盛んとなり、2018年には500万人を超える日本人がASEANを訪れ、ASEANから日本への観光客は10年前の約5倍の340万人に上った。また日本のポップカルチャーへの人気も高く、若者の日本訪問者や留学生も増大している。

このように日本とASEANの絆は年々深まると同時に、ASEAN自体が世界の成長センターとして頭角を現し始めている。日本は戦後アジアへの支援、技術協力などで大きく貢献してきており、アジア発展の中心的役割を果たしてきたと自負してきた。しかし、ここ10年で日本に代わり、中国がアジアとの関係を深めるため、様々なインフラ協力や貿易拡大を実施し、アジア取り込みに激しく食い込み参入してきている。中国のこうした攻勢に中国になびく国も出始めている。

▲写真 中国ASEAN特別首脳会議(2021年11月22日) 出典:ASEANウェブサイト

こうした状況を考えると、ここでもう一度、日本は世界における東南アジアの位置づけと、将来の発展を見た上で、“日本こそがASEANの真の味方である”ことを再考し、日本とASEAN10ヵ国との絆を深める外交的、経済的、文化的交流などを深めるASEAN対策の抜本的見直しを図るべきだろう。

ASEAN各国と日本は外交的つながりを持ち各大使館は重要な役割を果たしているが、いまや一国関係のつながりだけでなく、日本とASEANの大きなつなぎ役を考える組織、人材を創出すべきだろう。世界から、「ASEANは日本を一番信用し、日本もASEANとの関係を世界で最も重視している」ことをもっと世界にアピールすべきだろう。ASEAN外交を各国アジア大使に任せるだけでなく、各国大使館を束ねる「ASEAN代表部を創設し、ASEANを巡回するとともに、ASEANを一体としてみる外交、支援、協力を展開してゆく時代」になったのではなかろうか。

トップ写真:日ASEAN首脳会議(10月27日) 出典:首相官邸ウェブサイト




この記事を書いた人
嶌信彦ジャーナリスト

嶌信彦ジャーナリスト

慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。

現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。

2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。

嶌信彦

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