強硬プーチン大統領が「1997年5月27日」にこだわるワケ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#51」
2021年12月20-26日
【まとめ】
・米露首脳会談でプーチン大統領がバイデン大統領に提案した「NATO東方不拡大を約束する米露二国間条約の草案」をロシアが公表。
・「ロシアとNATOは、1997年5月27日までに配備していた以上の軍隊や兵器を配備しないことを約束する」との内容。
・同日に署名の「NATO・ロシア基本文書」に反するNATO側の動きにプーチン大統領が強硬姿勢で対抗か。
今年もあと二回となった。歳をとったせいか、毎年、一年が短くなっていくような気がする。コロナ禍のお陰で家にいる時間が増えたにもかかわらず、こう感じる。今後コロナ禍が一段落したら、時が過ぎるスピードはもっと速くなるのだろうか。いやはや、恐ろしい時代になったものだ。
さて、2021年の回顧と2022年の展望は、一応先週書いたことにして、今週は筆者の専門ではないが、ちょっと気になるニュースを取り上げる。
先週内外マスコミは、12月17日にロシアが先日の米露首脳会談でプーチン大統領がバイデン大統領に提案した「NATO東方不拡大を約束する米露二国間条約の草案」を公表したと報じた。
案の定、米側は条約草案の内容自体「受け入れない」としたが、ロシアと「協議する意向は示した」という。本邦メディアは、同条約案が米国に対し「NATOに加盟していない旧ソ連諸国の領内に軍事基地を持たないこと」などを求めていると報じているが、そんな簡単な話ではないだろう。
筆者はロシアの専門家ではないが、そんな素人でもこのロシアの提案の意味ぐらいは理解できる。今回ロシア側の態度が従来以上に強硬に見えるのは何故なのだろう。この点については今週の毎日新聞政治プレミアに書かせてもらったが、その「さわり」だけをご紹介しよう。
筆者が最も気になったのは同条約草案の次の部分だ。今回ロシアが提案したのは米露二国間の条約と露NATO間の多国間条約の二つだそうだが、以下の部分はタス通信の報道によるので、どちらの草案に含まれているかは現時点では不明である。内容的に見て、恐らく両方に書かれているのだろう。
「ロシアと1997年5月27日までにNATO加盟国であった諸国は、他のいかなる欧州諸国の領土にも、同日までに配備していた以上の軍隊や兵器を配備しないことを約束する」
英語版では
「Russia and all states that were NATO members by May 27, 1997, vow not to deploy their military forces and weaponry on the territory of any of the other European states beyond those deployed by May 27, 1997.」
正直言って、ロシアがここまで図々しく要求してくるとは思わなかった。結構驚くべき内容だが、なぜ1997年5月27日なのだろうか。調べてみたら、その日にはイェリツィン大統領時代のロシアとNATO間で「NATO・ロシア基本文書」が署名されている。なぜロシアはこの「基本条約」をわざわざ持ち出してきたのか。
▲写真 「NATO・ロシア基本文書」の調印式で、イェリツィン大統領の話しを聞くクリントン米大統領とシラク仏大統領。1997年5月27日 仏エリゼ宮にて。 出典:Photo by © Wally McNamee/CORBIS/Corbis via Getty Images
専門家の間では意見が分かれているようだ。その道の専門家たち何人かから聞いてみたが、日本の専門家の中でも、基本条約はロシアがNATO東方拡大に同意したというより、中東欧に核配備がされていない現状の「凍結」を宣言したものとみるべきだ、とする向きもあるという。なるほどね、そういう見方も成り立つかもしれない。
しかし、筆者の見立てによれば、この条約は「NATO側はNATO新加盟国の領土に核兵器や常駐部隊を配備しないと約束したのに対し、ロシア側はNATOの『東方拡大』を事実上黙認せざるを得なかった」国際合意だったと考えている。NATO東方拡大を忌み嫌うプーチン大統領にとっては屈辱的な合意だ。
一方、ロシア側は、この「基本条約」でNATOが「核政策を変更しない」「ロシアに対し敵対的行動はとらない」ことなどを約束させたと思っていた。しかし、その後のNATO側の動きはこの条約に反しているので、今回は1997年に戻ることを提案したのだろう。状況はかなり深刻だが、続きは政治プレミアをご一読いただきたい。
〇アジア
香港立法会選挙の結果は、市民の直接投票にもかかわらず当選者20人は親中派一色となったという。認定された「愛国者」しか立候補できないので、投票率も過去最低の30.2%となった。昨年まで我々が見聞きした香港の民主主義は「幻想」だったのか、短命に終わってしまうのか。胸が痛む。
〇欧州・ロシア
ロシアが「領空開放(オープンスカイ)条約」から正式に離脱した。米国が昨年11月、ロシアの条約違反を理由に離脱したのに対し、プーチンは本年6月に離脱法案に署名し、批准国への離脱通告から6か月が過ぎたため発効したようだ。これも、プーチンが悪いのか、トランプが悪いのか、将来の歴史家はどう判断するのだろう。
〇中東
衝撃的なカブール陥落から4カ月経ち、世界の関心はアフガニスタンから急速に離れていったが、先週開かれたイスラム協力機構(OIC)外相会合では、アフガニスタンの隣国パキスタンの外相が、アフガンの経済破綻は「重大な結末」を招くと警告したという。ターリバーンを支援した国の外相が「よく言うよ」とは思うが、事態は深刻だ。
〇南北アメリカ
ようやくエマニュエル駐日大使発令が議会で承認されたが、韓国紙は「駐韓米国大使はまだ指名者さえ発表されておらず、11カ月間空席になっている。年末が近付くにつれ、駐韓大使の指名は年明けになる可能性が高いと見られている」とやや自虐的に報じている。どこまでも「日本との比較」が気になる国なのか。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:オンライン形式での首脳会談に臨むロシアのプーチン大統領(右)とバイデン米大統領(左)。2021年12月7日 モスクワ 出典:ロシア大統領府ホームページ
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。