バイデン政権の対露「宥和政策」
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#01」
2022年1月3-9日
【まとめ】
・ウクライナ問題をめぐるバイデン政権のロシアに対する個々のレベルの政策は間違っていない。
・しかし、全体的にみると「宥和政策」にしか見えない、まさに「合成の誤謬」。
・同様のことは、岸田政権の中国に対する政策にも言えるのではないか。
謹賀新年、2022年も宜しくお願い申し上げる。今年の年始は三が日で終わり、4日からは通常営業となったのだが、今回は年頭から少しまじめに考えた。過去一年間、もしくはそれ以上の期間にわたり、もしかしたら筆者は「放電」ばかりしていたのではないか、しっかり「充電」ができていなかったのではないか、という反省である。
振り返ってみると、心当たりはある。昨年までは週に数回の原稿を書くために、短期「充電」と短期「放電」を毎週繰り返してきたような気がする。締切日に遅れるのは嫌だから、何とか間に合うよう徹夜してでも原稿は書く。それなりのものは書き上がるのだが、読み直している暇はない。次の原稿の締め切りが近付いているからだ。
そこで今年は考え方を180度転換した。要するに、「充電」なければ「原稿」なし、である。勿論、「充電」したからといって、原稿の質が上がるとは限らない。それでも、これまでより、もう少し余裕をもって考え抜いてから原稿を書いてみたい、そんな気分になってきたのだ。歳を取ったからか、怠け者になったからか、本人にはわからない。
という訳で、今年前半は原稿の数が少し減るかもしれないが、このカレンダーだけは別である。これまで毎週お付き合い下さった読者の皆様方には改めて心から御礼申し上げたい。本年も可能な限り、週一回のペースでこの外交安保カレンダーを書き続けるので、何卒宜しくお願い申し上げる。
さて、新春最初のテーマは「合成の誤謬」だ。英語ではfallacy of compositionといい、元来は「ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じること」を意味する経済学用語だった。ところが、この原理、国際政治にも結構当てはまると思っている。
「合成の誤謬」とは要するに、「個々のレベルでは正しい対応をしても、全体で見ると悪い結果をもたらしてしまう」ことだが、これこそ、現在の対中、対露外交の本質を突いている言葉ではないかと思うのだ。例えば、バイデン政権の対プーチン対応は、個々の政策については、決して間違っていないかもしれない。
米軍がウクライナに軍事介入することはないし、ロシアが軍事侵攻すれば、厳しい経済制裁を科す、NATOの同盟国と協議しながら外交的解決を目指す、云々。どれも一つ一つは間違ってはいないが、これを全体的に見れば、バイデン政権の対露政策は「宥和政策」にしか見えない。勿論、「融和」ではなく、悪い意味の「宥和」である。
同様のことは、日本の対中政策についても言えないだろうか。北京冬季五輪への対応は「外交ボイコット」とは呼ばないが、閣僚レベルの代表は送らず、中国の人権問題については強い懸念を表明し続ける。これで北京は困るだろうか?恐らくは、「痛くも痒くもない」のではないか。
▲写真 記者会見する岸田文雄首相(2021年12月21日 首相官邸) 出典:Photo by Yoshikazu Tsuno – Pool/Getty Images
今週のJapanTimesコラムはこの点を掘り下げてみるつもりだ。ちなみに、英語のコラムも少し回数が減るかもしれない。これも、一定水準の内容を維持するための試みの一つである。さて、こうやってみて、うまく「充電」できるだろうか。数は減っても、内容は増えたと言われるよう、引き続き精進していくつもりである。
〇アジア
香港の民主派系インターネットメディア「衆新聞」が新年早々運営を停止した。香港国家安全維持法による蘋果日報、立場新聞の消滅に続く悲しい事件である。香港の主要な民主派系メディアはほぼ壊滅状態となったようだが、香港民主主義の復活は難しい。残念だが、元々、民主主義の伝統などなかったからだ。
〇欧州・ロシア
欧州委員会が「サステナブル・ファイナンス・タクソノミー」規則に天然ガスと原子力の投資を含めると決定したそうだ。そりゃ、当然だろう。天然ガスと原子力発電を抜きに、欧州の「脱炭素化」は語れないからだ。ところが、日本では「原子力発電」自体が事実上停滞している。これでどうやって「脱炭素」をやるのだろうかねぇ。
〇中東
スーダンでは、昨年クーデターで軍に排除された後に復帰していた暫定首相が辞任を表明した。「この国の民政への移行期間の残りを他の人に託したい」と述べたというが、やっぱりね。要するに政治力不足で、政権を放り投げた格好だろう。軍が受け入れる人物では民主化など不可能だし、スーダンの苦悩は続きそうだ。
〇南北アメリカ
毎度お騒がせのブラジル大統領が新年早々、腹痛を訴えて入院したそうだ。2018年に暴漢に腹部を刺され、後遺症で何度か入院しており、今回も腸閉塞が疑われているらしい。今年10月の大統領選で再選を目指すが、世論調査では返り咲きを狙う左派の元大統領の方が優勢らしい。BRICS、BRICSと騒いだのも今は昔か?
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:米露首脳会談(2021年6月16日 スイス・ジュネーブ) 出典:Photo by Peter Klaunzer – Pool/Keystone via Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。