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.政治  投稿日:2022/7/12

安倍元首相を追悼して


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

【まとめ】

・世界の友人たちから筆者に届く追悼メールを読み返してみると、安倍元首相が、米国は勿論、欧州やASEANを含む世界各国で如何に信頼、尊敬されていたかが良く分かる。

・安倍元首相の死で、日本外交は「超高性能GPS衛星を一つ失っただけでなく、当分代替機が手に入らない」ような危機的状況にある。

・岸田文雄首相自身が安倍外交を支えた外務大臣であったことを考えれば、安倍外交の遺産は幸いにも日本外交の遺産になっていく可能性が高い。

 

安倍晋三元総理が卑劣なる蛮行により突然逝去された。今週の外交安保カレンダーはもう開店休業である。いつものように外交問題を書く気分にはとてもなれない。申し訳ないが、今回ばかりは、過去数日間で書いた文章の一部を幾つか抜粋して繋げ、筆者の喪失感を書き残しておきたい。

安倍元首相の突然の死から4日しか経っていないのに、この偉大な外交戦略家を失った衝撃と喪失感は日に日に増すばかりだ。世界各地の友人たちから筆者に届く追悼メールを改めて読み返してみると、安倍氏が、米国は勿論、欧州やASEANを含む世界各国で如何に信頼、尊敬されていたかが良く分かる。(日経ビジネス①)

かくも早く安倍晋三元首相の追悼コラムを書くことになるとは夢にも思わなかった。この悔しさと怒りと悲しみが交錯する重苦しさは人生初の経験だ。今後も二度と経験することはないだろう。この喪失感を如何に表現すべきか。現代風に言えば、日本外交は「超高性能GPS衛星を一つ失っただけでなく、当分代替機が手に入らない」ような危機的状況にある。(産経WorldWatch②)

北方領土問題について筆者は、珍しく安倍首相から個人的に直接、交渉の進め方について見解を求められたことがある。その具体的やり取りは明らかにできないが、筆者が安倍氏に伝えた内容は次のとおりだった。

「問題の本質は安倍さん、あなたがプーチンを説得して、プーチンに戦略的判断をさせることですよ。ロシアにとって中長期的な真の戦略的脅威は、NATO正面ではなく、中国になりつつある。このことをプーチンが正確に理解すれば、ロシアは『外交革命』が必要だと悟り、中国に対抗すべく、日米との関係改善を模索し始めるはずです。」

「同様の『外交革命』は1972年に起きました。中国が対米、対日関係改善を始めた理由は、当時のソ連が中国にとって戦略的脅威となったからです。もし、プーチンが今の中国を戦略的脅威だと認識すれば、必ず対米、対日関係を修正します。もし、北方領土が返ってくるとすれば、その時ですよ。」安倍氏は笑って何も答えなかった。(日経ビジネス①)

■ 思いやりある秘書官

筆者と安倍氏との出会いは1983年、父安倍晋太郎外相のイラク訪問の時だった。当時大使館の2等書記官だった筆者は、イラク要人と晋太郎外相との会談の通訳で大失敗して失意の底にあった。晋太郎外相が出発する時、一行の中で唯一「宮家さん、ありがとう」と思いやりある声をかけてくれたのが晋三外相秘書官だった。あの時の安倍秘書官の心遣いを筆者は一生忘れないだろう。(個人のメモ③)

A Gentle Husband

There is no doubt that Prime Minister Abe was a loving husband. Of course, a politician’s spouse is his or her most trusted political comrade, and it is natural for him or her to take good care of the spouse.

However, Shinzo was a man who had always protected Mrs. Akie Abe, no matter what difficulties or adversity she might face. I have witnessed him frequently attending Akie’s private gatherings, where he would greet guests with a great sense of humor.

For this reason, it is so hard to imagine the immense state of grief Mrs. Abe must be in.(JapanTimes④)

安倍元首相の悲報で日本が失ったものはあまりにも大きい。1945年以来の伝統的な日本外交を、21世紀にふさわしい戦略と影響力を備えた偉大な外交に変えたのは第二次安倍政権だったからだ。しかし、筆者は決して悲観的ではない。岸田文雄首相自身がこの安倍外交を支えた外務大臣であったことを考えれば、安倍外交の遺産は幸いにも日本外交の遺産になっていく可能性が高いからだ。

改めて安倍首相逝去に弔意と同情を示してくれた世界の友人たちに対し深甚なる謝意を表したい。(個人のメモ③)

無念で、無念で仕方がない。ああ、もうこれ以上は書けそうもない。ご容赦くださいませ。

 

※編集部注)文中にある( )内の出典は、筆者が他の媒体などに寄稿したこと、もしくは個人のメモであることを示す。

トップ写真:日本の長門市で行われた公式レセプション式典で、日本の安倍晋三首相(右)と握手するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)。2016年12月15 日本・長門 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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