米中関係と日本 その1 バイデン政権の対中軟化
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・軍事忌避・内憂外患のバイデン政権が中国とは対決しない姿勢を取り始めている。
・中国は攻勢に出始めた。今までよりも無謀かつ不当な方法で国際的に膨張してくる。
・台湾危機をにらみ、東アジアでの米中軍事バランスが逆転するのは時間の問題。
アメリカでバイデン政権が登場して1年以上が過ぎた。この時点でバイデン政権は最大の競合相手とみなす中国にどんな政策をとるのか。アフガニスタンからの唐突な撤退で大失態をみせたバイデン政権はいまやロシアのウクライナ軍事侵攻の構えやイランの反米言動の激化、北朝鮮のミサイル連続発射とアメリカへの敵対姿勢など、対外的にはさらに難題を抱える。国際的な緊張も危険な高まりをみせる。
そんな情勢下でバイデン政権は最大の警戒相手だった中国にいまどう対処するのか。中国の習近平政権はそんなアメリカに、さらに世界に対してなにを求めるのか。そして中国は日本をどうみるのか。そんな諸課題への考察を政治雑誌『明日への選択』令和4年2月号のインタビューを受け、詳しく語った。
その質問と答えを紹介しよう。
―― まずは、バイデン政権の対中姿勢をどう見ているか、といったあたりから聞かせ下さい
古森 私はバイデン政権の対中外交については、「まだら外交」だと指摘し、強い部分と弱い部分があると分析してきましたが、最近はその弱い部分がより拡大してきているように感じています。
政権発足直後、バイデン政権はトランプ前政権の対中強硬策をかなりの部分で継承しているように見えました。例えば、トランプ政権が実施していた対中関税を廃止しなかったし、人権問題でもしばしば中国を非難しています。
写真)バイデン大統領が主催した民主主義サミット。オンライン方式で行われた。(2021年12月9日)
出典)Photo by Chip Somodevilla/Getty Images
昨年12月上旬にバイデン大統領が世界約110の国や地域の首脳らを招いてオンラインの民主主義サミットを開きましたが、その開催自体、中国は民主主義ではないという対中批判でもあります。さらに、米英豪による「AUKUS」というある種の対中軍事同盟も作りました。
しかし、その一方でバイデン政権は最近、中国に対して良く言えば柔軟、悪く言えば軟弱になりつつある側面もあります。例えば、昨年9月にバイデン大統領が国連で行った外交演説です。中国を非難してきたトランプ政権とは異なり、中国の名前すら出しませんでした。
また、バイデン政権はカナダが拘束していたファーウェイ副会長の身柄引き渡しを求めていたのに、唐突に中国に帰してしまった。要は、身柄引き渡しに猛反発していた中国に全面的に折れたわけで、バイデン政権の軟弱化を印象づけました。気候変動問題でも中国側との協調姿勢をアピールしています。要するに、中国とは対決しないという姿勢を取り始めているわけです。
写真)拘束されていた頃のファーウェイ副会長の孟晩舟氏。足に逃走防止用のGPSが装着されている。(2020年1月17日 カナダ・バンクーバー)
出典)Photo by Jeff Vinnick/Getty Images
バイデン政権の直面する内憂外患
―― こうした対中姿勢の変化の背景には何があるのでしょうか。
古森 メキシコ国境での違法入国者の急増や民主党内での経済政策や新型コロナウイルス対策をめぐる挫折、あるいは後で述べますが、ウクライナ問題をめぐるロシアへの対応など内憂外患に直面していることが大きいと思いますね。特に、バイデン政権は巨額の財政支出によってコロナで疲弊した国民の救済や経済の回復を目指す「大きな政府」路線を推進しているのですが、これには共和党が反対しているばかりか、最近は民主党内にも造反者が出てきて、政府支出が止められてしまうという事態も起こりました。
また、バイデン政権が次第に左翼路線に傾斜していくなか、中道派や保守派の中で反発が強まってきている。民主党内や無党派層でもその傾向が顕著になりました。その影響が最も象徴的に表れたのが、昨年11月に実施されたバージニア州の知事選です。この知事選では、民主党のエリート候補が再選を果たせなかった。
バイデン政権は全体的に弱体化しているように思いますね。
軍事忌避体質が中国を助長する
―― つまり、バイデン政権の対中軟弱化は、様々な内憂外患に直面している結果であると。
古森 それと同時に、バイデン政権が国防費を事実上減らしているのも問題です。アメリカの国防費はGDPの4%弱で、2022年度には前年度比5%増ほどとなりましたが、今のアメリカはインフレ率が7%近いので、事実上の国防費削減になっている。その結果、例えば米軍の対中抑止能力の向上を目指す「太平洋抑止イニシアティブ」という計画への予算は、実質的には軍部が求めていた金額の3分の1ほどに減っています。アフガンからの米軍撤退をめぐる失態もそうですが、バイデン政権は軍事を重視していないというか、軍事を忌避する傾向さえあると言えるのです。
一方、中国は軍事を最重視する国ですから、軍事的に相手が出てこないとなると、彼らが前に押し出てきます。実際、台湾の防空識別圏に何十機もの中国軍用機が頻繁に入ってくるようになりました。また、尖閣諸島の周辺海域にも武装船が以前にも増して繰り返し侵入しています。明らかに、トランプ政権の時よりも、中国が攻勢に出てくるようになった。
さっき言った民主主義サミットに対しても、中国は「中国の民主白書」を発表し、自分たちこそが民主主義だと反撃しています。欧米の民主主義に対して、自分たちは「人民民主」だとして、攻勢に出てきているわけです。
トランプ政権の時は、中国が出てくるのを抑え付けることが出来ていた。ところが、バイデン政権はもともと対決とか抑止ではなく、競合とか競争と言っていた。つまり、中国が出て来るのは仕方がないという前提で、中国とは競合や競争をしていくし、例えば地球温暖化防止やコロナ対策では中国と協力や協調もするということです。
結局、中国との協力・協調という部分があるかどうかが、バイデン政権とトランプ政権との大きな違いと言えますが、特にここ数カ月のバイデン政権には、協力・協調の部分が多くなっているわけです。
ですから、米中関係をめぐる今後の展望としては、中国が今までよりも無謀かつ不当な方法で国際的にいよいよ膨張してくるだろうし、アメリカとその同盟国に対してもますます圧力を加えてくるだろうと思いますね。
―― そうした中で、特に懸念されるのは台湾危機ですね。
古森 その通りです。中国にとっては、台湾は自分たちの国の一部という認識ですから、絶対に台湾制圧をしたいと思っている。現段階では米軍の介入を阻止して、軍事侵攻するだけの力はまだ中国にはありませんが、東アジアにおける米中の軍事バランスが逆転するのはこのままだと時間の問題です。
(その2につづく。全3回)
- この記事は日本政策研究センターの月刊雑誌『明日への選択』2022年2月号に掲載された古森義久氏へのインタビュー報告「『宥和』のバイデン政権が中国を増長させる」の転載です。
トップ写真)バイデン米大統領と中国・習近平国家主席(2013年12月4日 北京)
出典)Photo by Lintao Zhang/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。