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.国際  投稿日:2022/2/16

未婚女性の中絶に関与する中国


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】
・少子化の中国・習政権は、未婚女性に容易に子供を堕ろさせない“奇策”に打って出た。
・多子女性は就職困難。学歴重視・教育費高騰で、第2子以降の出産をためらう傾向。
・「キャリアも家族も」を“Z世代”に保障する政策に力を入れない限り、中国の少子化は止まらない。

 

中国では、しばしば国家が個人や家庭に直接、干渉する。今度は、国が未婚女性に子供を産むか産まないかという選択権を与えない方針を打ち出した。その女性達に代わり、中国共産党が判断し決定する。

2022年中国家族計画協会の事業要領」によれば、未婚妊婦の中絶介入のため特別な行動を実施(a)するという。すなわち、彼女達が中絶を希望する場合、正式な許可を得る必要が出てきたのである(b)。

さて、以前、当サイトで中国の少子化問題について考察した。今回は、婚姻数という別の角度から少子化について考えてみよう。まず、図表をご覧いただきたい。


表)著者作成


図)筆者作成

中国が(「1人っ子政策」より)「2人っ子政策」に転じた2016年から2020年までの5年間の婚姻数の推移である。明らかに右肩下がりとなっている。そして、2019年、婚姻数が1,000万組を割り込み、927.3万組となった。コロナ禍の翌年には、前年比113万組も減少(-12.2%)している。

一方、離婚率は2016年以降、2019年まで年々上昇した。ところが、2020年には、離婚するカップルが減っている。コロナ禍が、右肩上がりだった離婚率上昇をストップさせたのだろう。一部のカップルは、コロナ禍にあって、離婚を考える余裕がなかったのかもしれない。

一般に、中国社会では学歴が重視される。良い就職先を見つけ、良い生活を送るためには、高学歴が求められる。そのせいか、(特に大学入学以前の)教育費が高騰した。このように、今日、子供1人を産み育てるのさえ大変な時代である。


写真)大学入試に向けた勉強をする学生(2018年 中国・山東省)
出典)Photo by TPG/Getty Images

華中科技大学の研究(c)によれば、中国では、子供1人の女性の就業率は、子供を持たない女性より6.6ポイント低い。子供2人の女性の割合は、さらに9.3ポイント低下する。

つまり、女性が子供を多く持てば持つほど就業が厳しくなる。だから、多くの女性は子供(特に、第2子)を産むのをためらうのだろう。

そこで、習近平政権は、昨2021年5月、「3人っ子政策」を開始した。けれども、そう簡単に少子化を食い止める事はできない。そのため、冒頭で述べたように、習政権は、未婚女性に容易に子供を堕ろさせない“奇策”に打って出た。

以前、中国では「1人っ子政策」を行っていた際、(第2子以降を)妊娠した女性は無理矢理、堕胎させられた。今般、以前とは真逆の政策を実行しようとしている。

中国の著名なエコノミスト、任沢平は人口を増やす政策として、(インフレ懸念をよそに)次の提言(d)を行っている。

普通、先進国の少子化関連支出は、GDPの2〜3%を占める。そこで、中国のGDPが110兆元(約1,980兆円)に達したと仮定しよう。

政府は毎年2兆元(約36兆円)を少子化関連の追加支出として計上し、そのためにどんどんカネを印刷すべきだと任沢平は主張した。任は、政府がある程度、カネをばら撒く事によって、少子化問題を解決できると考えている。

しかし、中国の自治体でそのような“少子化手当”等を具体的に実行している所はほとんどない(c)。例外的に、四川省攀枝花市などは、夫婦の第2子、第3子が3歳になるまで、毎月500元(約9,000円)を支給するという。


写真)ミルクを与えられる新生児(2013年 中国・安徽省)
出典)Photo by Jie Zhao/Corbis via Getty Images

任の提唱に対し、キングス・カレッジ・ロンドンの劉燁は、以下のように反論(e)する。

この政策は「男性的(発想)」であり、中国の「Z世代」(1990年代半ばから2010年代初頭までに生まれた世代)が、現在、直面している現実とは「かけ離れている」。

彼女らが望むのは、将来のより良いキャリアであり、キャリア・家族・自己実現というすべてを手に入れるチャンスである。それらを保障しなければ、彼女らに子供を産むよう説得するのは難しい。

これは特に“Z世代”の中国人女性に当てはまるという。彼女らは、それ以前の世代よりも高い教育を受けている。そして、大学教育を受けた後、結婚するよりもキャリアを優先する傾向が強い。

結局、“Z世代”の中国人女性が子供を産みやすくする方策は、北京の思惑とは違って、別のところにあるのかもしれない。習政権は、そちらに力を入れない限り、少子化をくい止められないのではないだろうか。

 

(注)
(a)『澎湃新聞』(中国オンラインの無料総合ニュースサイト)「中国家族計画協会、未婚者の人工妊娠中絶介入のための特別プロジェクトを今年開始」(2022年2月9日付)
中国家族計画協会、未婚者の人工妊娠中絶介入のための特別プロジェクトを今年開始

(b)『ラジオ・フリー・アジア(RFA)』(米議会の出資によって設立された短波ラジオ放送局。民間の非営利法人が運営)「中国政府、未婚女性の中絶に『介入』特別措置を取る』(2022年2月10日付)
中国政府将采取专项行动“干预”未婚女性堕胎

(c)『日経アジア』「中国、第3子出産を奨励、党員同志に模範を示すよう指示」(2022年1月5日付)
China encourages 3rd child, telling party comrades to set example – Nikkei Asia

(d)『クォーツ』(新しいグローバル経済へのガイドブック)「ある経済学者が、中国の出生率を上げるために3,000億米ドルという価格を提示」(2022年1月11日付)
An economist argues China needs a $300 billion fertility fund — Quartz

(e)『ザ・ガーディアン』「小言はやめて!中国の若者が結婚・出産に抵抗する理由」(2022年1月24日付)
‘Stop nagging!’: Why China’s young adults are resisting marriage and babies | China | The Guardian

 

トップ写真)中国・習近平国家主席
出典)Photo by Lintao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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