プーチン氏、「戦略的判断ミス」か
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
【まとめ】
・ロシア対ウクライナ「軍事侵攻」、事実上占領してきた2地域に傀儡政権を樹立。
・いくら頭脳明晰のプーチン氏でも「老い」と「感情」には勝てない。
・単に「戦略的判断を誤った」可能性はないか。
「8年越し」のロシアによる対ウクライナ「軍事侵攻」が22日に「再開」され、今回ロシアは事実上占領してきた2地域に傀儡政権を樹立しただけでなく、ウクライナ国内の他の領域をも狙う軍事的動きを見せている。こうした状況もあり、今週の外交安保カレンダーは掲載を遅らせざるを得なかった。その点どうかご理解願いたい。
さて、今週はプーチン大統領の判断を分析したい。筆者は、彼が対外的に述べたロジックを前提に彼の意図を議論するだけでは現状は説明できないと思っている。筆者が懸念するのは、今回プーチン氏がその冷徹な情勢分析に基づく周到な作戦を実行に移したのではなく、単に「戦略的判断を誤った」可能性はないかということだ。
二週間前筆者はこう書いた。「最近米情報機関や政府高官はしきりに『早期のロシア軍侵攻とキエフ陥落』の可能性を喧伝している。これはバイデン政権一流の『宣伝戦』か、それとも『正確な情報』なのか」と・・・。どうやら、情報は正確だったが、つい最近まで日本国内には、ロシアの「侵攻はない」「陽動作戦だ」と一蹴する向きもあった。
そうした経緯もあり、同じく二週間前、筆者は「これら様々な情報は、『侵攻などあり得ない』と言い切った専門家たちの見解も含め、数週間後には、きっちりと、検証させてもらおうか」とも書いた。決して喧嘩を売るつもりはないのだが、どうやら今、その種の検証を始める時期が到来したように思う。
それでは、これら「侵攻なし」論者の判断は間違っていたのか。そうとも思わない。彼らのロジックは極めて論理的、合理的だ。いくら米中覇権争いの中で「絶好のチャンス」が到来したとしても、現時点でロシアの軍事侵攻は「得るもの」よりも「失うもの」の方がはるかに多い。されば、「軍事侵攻」の可能性は限りなく低いはずだ、と・・・。
筆者も当初はそう考えていた。しかし、途中からロシアの限定的な「軍事侵攻」はあり得ると思うようになった。その最大の理由は、プーチン氏が「誤算する」可能性を感じ始めたからだ。いくら頭脳明晰のプーチン氏でも「老い」と「感情」には勝てない。今回の決定が彼の「英断」か、「戦略的判断ミス」かは来週以降明らかになるはずだ。
写真)東部での分離主義反政府勢力との戦闘で戦死したアントン・オレゴビッチ・シドロフ大尉の葬儀 2022年2月22日、ウクライナ・キエフ
出典)Photo by Chris McGrath/Getty Images
〇アジア
欧州がウクライナで大騒ぎする中、21日に在中国日本大使館職員が中国当局により一時的に拘束され、日本の外務次官は在京中国臨時代理大使に「厳重な抗議をするとともに謝罪を要求。再発防止策も強く求めた」そうだ。ロシアもロシアなら、中国も中国、どうやら強権専制国家の手法は古今東西変わらないようである。
〇欧州・ロシア
22日、独首相がロシアとの新ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の「認可手続きを停止する」と発表したそうだ。対露制裁の一環だが、それまで同パイプラインを止める制裁の可能性に一切言及して来なかっただけに、実に興味深い。独首相がどこまで本気かは別として、これもプーチン氏の「判断ミス」の一つになるかもしれない。
〇中東
原油価格が高騰、昨日はバーレル当たり96ドルを付けた。市場関係者はその先行きを巡り、「対イラン制裁が解除され同国からの輸出が増加しなければ、各国政府による景気回復に向けた取り組みで供給が一段と逼迫し、最高値を試す可能性がある」と予想しているそうだ。それで対イラン制裁が解除されるとは到底思えないが・・・。
〇南北アメリカ
ウクライナ対応がバイデン支持率に与える影響が気になるが、今週はトランプ前大統領が創設したソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」(Truth Social)を取り上げる。トランプ氏はツイッター、フェイスブック、ユーチューブから排除されているので、起死回生となるのか。登録が難しいなどトラブルもあるようだが、気になるところだ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)ロシア大使館の外で抗議の声を上げるウクライナ人 キエフ、ウクライナ 2022年2月22日に
出典)Photo by Chris McGrath/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。