22年中国政府活動報告を読む
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国の全国人民代表大会で、李克強首相が政治活動報告を行った。
・同報告、安全保障の強化を謳う。習総書記の円滑な3期目移行を狙う。
・となれば、李首相は解任され、全国人民大会主席という“名誉職”に追いやられる可能性が強い。
今年3月5日、中国では全国人民代表大会が開催された。同日、李克強首相が政治活動報告(以下、「報告」)(a)を行っている。李首相は、その中で様々な問題を提起したが、刮目すべき点を挙げてみよう。
まず、第1に、今年の「報告」では「国家安全保障能力の建設を強化する」等、国の“安全保障”を強調している。意味深長な表現ではないか。
おそらく、これは今年秋の第20回党大会を見据えて言及されたのだろう。「習近平派」としては習総書記がスムーズに3期目を迎えるのを目標にしている。一方、「反習近平派」は、それを阻止したいという思惑を抱いているのではないか(昨年12月、李先念元国家主席の娘婿、劉亜洲空軍上将による「<反習>クーデタ未遂事件」が発覚したと伝えられる)。
本来、中国のトップリーダーである政治局常務委員に関しては「七上八下」(67歳まで同委員に留まれるが、68歳以上は引退する)というルールがあった。
今秋、69歳になる習総書記は、その慣例を破って、3期目を目指すのだから、党内で風当たりが強い。その人事を巡って、中国共産党の中では、熾烈な党内闘争が繰り広げられていると考えられよう。
仮に、習総書記が円滑に3期目へ移行できない時、国内は混乱に陥る公算が大きい。場合によっては、内戦に突入する可能性も排除できないだろう。
元々、人民解放軍は“私軍”の傾向が強い。例えば、かつて重慶市トップだった薄熙来が、胡錦濤主席(当時)が外遊している間、勝手に軍を動かしたため、胡主席らの顰蹙を買った。それが薄が失脚する一因となっている。
ところで、李首相の去就も注目されよう。首相は今秋、まだ67歳なので、本来ならば、政治局常務委員として残留の目があるはずだった。
▲写真 中国の習近平国家主席(左)と李克強首相(右)全国人民代表大会の開会式(2022年3月5日、中国・北京) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
しかし、習近平主席と「太子党」と李首相(「共青団」)とでは出身母体が異なる。また、習主席と李首相では、経済運営に関して考えが真逆である。前者は社会主義経済重視であり、後者は「改革・開放」の「鄧小平路線」を信奉している。
他方、李首相はしばしばストレートにものを言う (一昨年、中国では6億人が1ヶ月1000元<約1万8000円>で暮らしていると暴露)。習主席にとって、李首相は目障りな存在ではないだろうか。したがって、もし習総書記の第3期目が実現すれば、李首相は解任され、全国人民大会主席という“名誉職”に追いやられるという見方が強い。
ただし、万が一、習主席が失脚し、「反習派」が実権を掌握すれば、李首相が総書記(兼国家主席)に就任するというシナリオがないではない。
第2に、昨年の「報告」には、国内と国外との経済をリンクする「双循環」(国内大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する経済の新発展モデル)が強調された。だが、今年の「報告」には、その言葉がどこにも見当たらない。どうやら「双循環」は忘れ去られたようである。
その代わり、習政権は、中国経済の厳しさを率直に認めている。今年の「報告」では、(地球規模での「コロナ禍」で、世界経済回復への原動力不足と商品価格が高止まりする中)中国は「需要の縮小」・「供給体制への衝撃」・「マーケットへの期待の後退」という3重の圧力を受けているという。同国経済が行き詰まっている証左だろう。
けれども、習政権は(1)「鄧小平路線」を捨て、社会主義路線へ回帰し、(2)「第2文化大革命」を発動し、(3)「戦狼外交」を展開している。このような政治優先政策では、経済成長を期待できないのではないだろうか。
第3に、今年の「報告」で目立つのは、特に中小企業に対する減税、及び税の納付猶予政策である。
我が国同様、中国でも「コロナ禍」で、中小企業は厳しい経営を余儀なくされた。そこで、習政権は傷ついた中小企業を救済しようとして、減税や税の納付猶予を行っている。
この施策自体、重要かつ必須である。だが、中央政府の財政赤字は、GDPの300%以上あるという。その厳しい状況の中、北京が更に財政出動を強いられるならば、財政破綻寸前まで追い込まれるかもしれない。
第4に、目下、習政権は「4つの悪風」に取り組んでいる。(1)形式主義、(2)官僚主義、(3)享楽主義、(4)贅沢浪費の風潮である。
しかし、一党独裁下では、「整風」は困難だろう。周知の如く、中国共産党は、政権樹立以来、(基層レベル以外)一度も民主的選挙を行った事はない。また、中国には政府批判のできる独立したマスメディアも存在しない。これでは、「悪風」の改善する余地はゼロと言っても過言ではないだろう。
第5に、今回の「報告」では、女性や児童の誘拐・売買に言及している。最近、江蘇省徐州で、鎖で繋がれた子供8人の母親が“発見”された(それ以外にも、彼女と似た境遇の女性が“発見”されている)。これらの事件が念頭に置かれているのは明らかだろう。
注:(a)「李克強総理、政府活動報告を行う(本文要約)」
トップ写真:中国の習近平国家主席らが出席して行われた全国人民代表大会の開会式(2022年3月5日、中国・北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。