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.国際  投稿日:2022/5/22

「人民日報」異例の李首相厚遇紙面


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・「宮廷クーデター」が発生したという確証はないが、状況証拠はある。

・「人民日報」が、4月25日、李克強首相の演説内容を掲載。李首相に特別な待遇を与えたとの見方も。

・軍歴のない習近平主席は本当に人民解放軍を掌握しているのか。

 

初めに、『万維読者網』に掲載された「習近平は本当に権力を李克強に禅譲したのか?」(2022年5月15日付)という記事(a)を一瞥しておこう。

中央常務委員会は、習近平主席の「反腐敗」や「党の厳格な統治」という初期段階での実績を認めた。そして、習近平問題では「早期権力委譲」、「次期党大会での辞任」、「安定的政権移行」、「責任追及なし」という16字方針を決定している。

習主席は第20回党大会まで総書記と国家主席の儀礼的業務を遂行し、退任後も江沢民や胡錦濤など引退した国家指導者と同じ待遇を受け、習主席の引退については紛争を拡大したり、決着をつけたりせず、党と国家の安定とイメージの維持に重点を置くという。

依然、中国で「宮廷クーデター」が発生したという確証はない。しかし、状況証拠ならばいくつもある。

本稿は、「宮廷クーデター」に関する第3の傍証である。

既報の通り、第1の傍証として、習近平政権が突如「戦狼外交」をやめ、米欧にすり寄った点である。また、中国官製メディアが、ウクライナのゼレンスキー大統領を好意的に取り上げた。更に、今まで避けてきた「ロシアのウクライナ侵攻」にも言及している。

他方、なぜか「習近平派」と目される人物が自殺したり、別の有力人物が昇進できなかったりした。だが、反対に、李克強首相に近い人物が昇進している。

第2の傍証として、最近、浙江省や福建省で夜中、空が真っ赤に染まった。また、浙江省では雷鳴のような大音響が響き渡っている。決定的なのは、北京市民が市内の第6環状線で戦車が走行しているのを目撃した事ではないだろうか。

このように、中国国内では、立て続けに異常事態が起きている。逆に言えば、これでも中国では何も起きていないと考える方が無理だろう。

さて、第3の傍証だが、『万維読報』に「後継のシグナルか? 党メディア、異例にも李克強にご機嫌取り」(2022年5月14日付)という内容(b)が掲載された

実は、5月14日、『人民日報』が、4月25日、李克強首相の「国務院第5回清廉工作会議」での演説内容を掲載(c)した。李演説は同紙第2面の大部分を割いている。

そこで、評論家の江森哲は、党メディア が20日前の李演説全文を掲載したのは、李首相に特別な待遇を与えたことを示すと喝破した。

「これは習近平政権誕生以来、極めて珍しい。この党機関紙のシグナルは、李首相の権力が増し、李の政治的地位と重要性が浮き彫りになったのでは」と分析している。

江森哲によると、中国官界には「人がいなくなると、お茶は冷めてしまう」という俚諺(りげん)があって、定年を控えた官僚におべっかを使う人はいないという。

党幹部や党メディアは皆、政治に敏感なので、おそらく上から何らかのメッセージを受け、事前に政治的シグナルを発したのだろう。

そこで、『人民日報』は率先して李克強首相の“ご機嫌取り”を行ったのかもしれない。李が来年3月首相を辞めても引退しないことを示唆したか、それとも、新リーダー就任の「前奏曲」を奏でたのか。

ところで、この「宮廷クーデター」発生に懐疑的な評論家がいる。彼らは、習近平主席が「軍を完全に掌握している」という前提に立つ。だが、果たしてそうだろうか。

第1に、確かに、毛沢東は「政権は銃口から生まれる」と言った。けれども、元来、人民解放軍は、決して「国軍」ではない。あくまでも「党軍」である。見方によっては、「私軍」だと言っても過言ではない。

2012年3月、将来を嘱望された薄熙来(重慶市トップ)が失脚した。いくつかの理由が考えられるが、同年2月、薄が第14集団軍を動かそうとした(d)のも、失脚の一因かもしれない。

当時、薄熙来は、中国の最高権力者、政治局常務委員ではなかった。それにもかかわらず、薄は軍を動かす事が可能だったのである。このように、普通、解放軍各部隊は、党幹部と密接な関係を持つ。

▲写真 中華人民共和国建国70周年を祝うパレード、習近平中国国家主席(2019年10月1日) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

第2に、軍歴のない習近平主席は本当に人民解放軍を掌握しているのか

かつて江沢民は、毛沢東や鄧小平とは違って軍歴を持たないので、賄賂を使って軍権を握ったと言われる。

2016年2月、習近平主席は「7大軍区」を「5大戦区」に再編した。しかし、習主席がいくら軍の編成替えを行い、また、各「戦区」トップの首を「習派」にすげ替えても、将校以外、大部分の軍人が未だ「江沢民派」が占めていると推測できよう。そのため、軍全部の部隊が、すべて習主席の命令に従うとは到底思えない。

一方、習近平政権下で行われた「反腐敗運動」の結果、多くの軍人が腐敗で処罰を受けてきた。したがって、高位の軍人の中にも、習主席に反発する者(例:「クーデター未遂事件」を起こした劉亜洲空軍上将)も少なくないだろう。

 

<注>

(a)https://m.creaders.net/news/page/1139932

(b)https://video.creaders.net/2022/05/14/2483399.html

(c)http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-05/14/nw.D110000renmrb_20220514_1-02.htm

(d)『rfi』「今年、習近平が第14軍集団を視察先に選んだのは、薄熙来事件と関係があるという」(2015年1月26日付)

https://www.rfi.fr/cn/%E4%B8%AD%E5%9B%BD/20150126-%E4%B9%A0%E8%BF%91%E5%B9%B3%E4%BB%8A%E5%B9%B4%E9%A6%96%E9%80%89%E8%A7%86%E5%AF%9F14%E9%9B%86%E5%9B%A2%E5%86%9B%E8%A2%AB%E6%8C%87%E4%B8%8E%E8%96%84%E7%86%99%E6%9D%A5%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E6%9C%89%E5%85%B3

トップ写真:全国人民代表大会の閉会式に臨む習近平中国国家主席と李克強首相 (2022年3月11日) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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