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.国際  投稿日:2022/3/30

日本外交の診断 兼原元国家安全保障局次長と語る 最終回 亡国につながる道


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・根拠ない「防衛費GNP1%」は無責任な敗北主義と甘えの産物。平和ボケと防衛体制の異端はみな憲法に由来。

・安倍政権でようやく射程1000キロの空対地ミサイル導入を決めたが、不十分。敵の上陸を待つ専守防衛の矛盾も。

・岸田首相は「中国脅威」を踏まえた日本の舵取りを。でなければ亡国へつながる。

 

兼原信克 日本の安全保障政策の近年の歴史をここでさらりと振り返ってみましょう。三木武夫内閣のときに、すでに世界第二位の経済大国だった日本は、世界から再び軍事大国に戻ることを警戒された。そこで三木内閣は平和主義を看板に掲げ、GNPの1%を防衛費の上限にし、何の理屈もなく戦車や軍艦といった防衛装備の量的上限だけを決めた。

古森義久 「防衛計画の大綱」(1976年改訂)ですね。

兼原 GNP1%の防衛費で「基盤的防衛力」だけを持ち、それでソ連に負けたら仕方がないというのは無責任な敗北主義であり、アメリカに対する甘えの産物でした。しかも「防衛計画の大綱」のなかには、誰と戦うのか、どのように戦うのか、といった軍事戦略が記載されていません。それでは自衛の論理にさえならない。依然として「他国に脅威を与えない」などと言っていますが、今、脅威を与えられているのは日本の方です。中国軍が聞いたら鼻で笑うでしょう。

古森 まさに日本国の一貫した平和ボケだといえますね。

兼原 主権国家には軍事戦略、すなわち、統合防衛戦略が必要ですが、制度的に自衛隊統合幕僚監部ができたのは2006年です。

 陸上自衛隊にいたっては、かつての参謀総長に匹敵する陸上総隊司令官が設置されたのは、なんと2018年です。2018年まで日本には5つの方面隊が並存しており、統合陸軍がなかった。統合に先行した米軍からは「早く自衛隊の統合運用を進めてくれないと一緒に戦えない」と苦情が出ていました。

 また、統幕の運用作戦担当部が余りに貧弱です。「いざとなったら幹部学校から俊英を集めます」と言っていますが、大本営でもあるまいし、急ごしらえの統幕作戦運用部が機能するとは思えません。問題なのは、多くの政治家がこのような自衛隊の問題を知らないことです。

古森 自衛隊、つまり日本の防衛組織のこうした異端もみな憲法に由来するといえそうですね。私自身の最近の考察でもひどい実例がありました。

 武居智久元海上幕僚長が監訳した書『中国海軍VS.海上自衛隊』 (著者トシ・ヨシハラ)には、人民解放軍の艦艇は長距離ミサイルを持っているにもかかわらず、自衛隊側は持っていないので勝負にならない、と書かれています。憲法の制約によりあえて短距離にしてあるのです。だから尖閣諸島をめぐる中国と日本の海戦が起きても、日本の海上自衛隊の艦艇はみな中国海軍に撃沈されてしまう、ということになります。

▲写真 海上自衛隊の艦船(2006年10月22日、相模湾冲) 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images

兼原 第二次安倍政権で、中国、北朝鮮、韓国、台湾が中距離ミサイルを持っているのに、自衛隊だけが〝果物ナイフ〟のような短距離ミサイルでは戦えないと申し上げて、射程1000キロの空対地ミサイル導入を決めていただきました。

 しかし、安心はできません。中国等が持つ中距離ミサイルは、2000〜5000キロメートルまで届きます。また、日本は専守防衛ということで、この射程1000キロのミサイルを日本領土に着上陸した敵にしか使えないことになっている。敵が東京や大阪にミサイルを撃ち込んでいるのに、自分はじっと敵が日本列島に上陸するのを待っているというのはおかしい。子供でもわかる理屈です。

古森 2021年12月、安倍元首相は「台湾有事は日本有事だ」と発言しました。中国側の猛反対はありましたが、日本人から批判の声はあまり上がっていない。ということは、日本人の国防意識が変わってきているということです。

兼原 台湾は日本に近すぎる。尖閣もある。在日米軍基地もある。そして中国軍は大きすぎる。最近では、経済安全保障ということで、経産省や財務省も変わり始めています。しかし、国民から選ばれた政治家が指示を出さなければ役人は動きません。本当の政治主導の国にしなくてはなりません。

古森 岸田首相は就任当初、「中国にはしっかり言うべきことは言っていく」と述べていました。しかし、「言うべきことを言う」なんていうのは政策ではありません。中国に忖度するのは、岸田氏が属する宏池会の悪しき伝統でもある気がします。岸田首相には、国民、官僚のなかで高まる中国脅威の意識を踏まえて、日本の舵取りをしていただきたい。でなければ日本に残された道は中国への隷属、あるいはアメリカからの離反、いずれも亡国へとつながります。(終わり)

(全7回。その1その2その3その4その5その6

**この対談は月刊雑誌WILLの2022年4月号からの転載です。

トップ写真:自衛隊記念日観閲式で巡閲を行う岸田首相(2021年11月27日、陸自朝霞駐屯地) 出典:首相官邸ホームページ




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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