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.国際  投稿日:2022/3/27

日本外交の診断 兼原元国家安全保障局次長と語る その2 中国への忖度は効果なし


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・古森氏「行政機構の公式に認知された組織として、対外的な不当非難への反撃を実務に組み込むべき」。

・古森氏「日本が忖度したところで中国の態度は変わりません」。

・兼原氏「清朝滅亡後、内乱、戦争、独裁しか知らない中国人の『強国思想』には、今もこの弱肉強食の発想が根強く残っています」。

 

古森義久 しかしここ10数年、特にアメリカ議会下院の慰安婦問題での日本政府糾弾決議の採択などで、日本側は歴史問題で反論しないと、とんでもない打撃を受けることが証明されてきました。だから日本政府として歴史がらみの他国からの悪口雑言には、組織的、制度的に反論する対外メカニズムを構築すべきです。外務省でも首相官邸でも、行政機構の公式に認知された組織として、対外的な不当非難への反撃を実務に組み込むべきです。

兼原信克 外務省も歴史戦に本腰を入れる必要がありますが、外務省だけではなく、外部のシンクタンクなどを利用しないといけません。領土問題では、第二次安倍政権で外務省とは別途、内閣官房に領土主権室を立ち上げて、史料収集、広報面で業績を上げています。おっしゃる通り、歴史問題についても総理官邸主導で、政府全体、そして有識者をも糾合した組織づくりが必要でしょうね。

古森 日本の対中外交を見ると、とにかく日本政府は中国の反日感情を抑えようと忖度しています。しかし私の経験から言うと、日本が忖度したところで中国の態度は変わりません。反日感情は水道の蛇口のようなもので、当局がひねればいくらでも反日感情なる動きを生み出すことができる。それは反米・反韓感情も同じです。一枚岩の独裁国家の強みといえるかもしれません。

 私が産経新聞の中国総局長として北京に駐在していたとき、NATOの米軍機がユーゴスラビア(当時)の首都ベオグラードにある中国大使館を誤爆し、内部にいた中国人3人が死亡する事件が発生しました。このとき起きた北京でのいわゆる反米デモは、当局に完全に管理されていました。

 デモ行進をしてアメリカ大使館に石を投げ込む北京内外の大学生たちは、全員が当局の指示によって動員されていたのです。北京地区の各大学から、当局の準備したバスでアメリカ大使館の近くまで多数の学生が運ばれてきました。そして大使館の前には中国人警官が並び、デモを適当に煽(あお)りながら、大きい石を投げようとする学生を止めていた。

兼原 日本大使館職員もデモ隊に紛(まぎ)れ込んで観察していたようですが、完全な官製デモだと言っていました。

古森 尖閣国有化が注目を集めていたときや、小泉純一郎元首相が連続して靖國神社を参拝したときに起きたデモも、当局にコントロールされていた。日本が国連の常任理事国になろうとしたときに起きたデモも同じ。反日デモなる活動を当局はいかようにも管理できるのです。

▲写真 靖国神社を参拝する小泉純一郎首相(当時)(2006年8月15日、東京) 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images

兼原 中国は日本が常任理事国になることを心配して本気で焦っていました。

古森 アメリカに拠点を置く中国系の反日団体「世界抗日戦争史実維護連合会」が、たった3週間あまりで何千万という署名を集め、日本の常任理事国入りに反対を表明しています。このときは中国側に皮肉な誤解があって、日本が本当に常任理事国になってしまうかもしれないと思い込んだようです。だから必死の抗議を展開したのです。

 反日デモが起きれば、中国国内にある日本企業は大きなダメージを受けます。韓国政府がアメリカ製のTHAAD(サード)という高高度迎撃ミサイルを配備しようとしたことで中国の逆鱗(げきりん)に触れ、韓国の大企業ロッテは中国各地の出店に大打撃を受けました。それを考えれば、外交の世界で日本側が中国に忖度したところで、反日を防ぐことはできないのです。

古森 日中関係のさらに深層部をみても、日本が中国にある程度の忖度をすれば、中国もそれに応じて対日政策を友好的に変えて、その結果、日中関係はウィン・ウィンになる、というのはまったくの虚説です。中国政府は国家の基本部分で、日本に対しては敵性を内蔵しているからです。

 第一に、中国共産党政権は国際秩序や日本の国家安全保障に関して、日本側の政策を否定しています。さらに中国共産党は日本の罪悪や残虐行為を正してきたという主張により、永遠の一党独裁体制に正当性を与えています。中国の歴史教科書をみても、戦後日本の中国への経済援助の事実は記載していません。しかも日本に消極的平和主義の憲法九条があることを無視して、いまでも日常的に「日本は中国を再び侵略しようとしている」というプロパガンダを発信しています。

兼原 そもそも中国と日本とでは、国際秩序に対する考え方が違います。日本は人種差別や植民地支配を排除し、ソ連を中心とした共産圏が消えた後に現れた地球的規模の自由主義的国際秩序を守ることを国益の中心に据えましたが、中国はその国際秩序を修正しようとする現状打破勢力です。そういう意味では昭和前期の日本に近い。

 最近、清末の三大思想家の一人である康有為(こうゆうい)の『大同書』を読みました。仁や不忍の心を基盤としたユートピアをつくるという大同団結論ですが、同時に彼は20世紀前半の弱肉強食の国際政治を嘆き、そのうち黒色人種は絶滅して、白色人種と黄色人種だけが生き残るなどとも書いています。国際社会では、強くなければ滅ぼされる、逆に強ければ何をしてもいい、という考え方は欧州権力政治そのものであり、19世紀の帝国主義国家の発想です。しかし清朝滅亡後、内乱、戦争、独裁しか知らない中国人の「強国思想」には、今もこの弱肉強食の発想が根強く残っています。

古森 逆に自分たちが強くなれば、劣等民族を服従させるのは当然、絶滅させてもいいんだと思っているのではありませんか。中国には年来、「小さい日本(シヤオリーベン)」という侮蔑(ぶべつ)用語があるように、強くなった中国は日本を支配する野心を隠そうとしていません。

(その3につづく。その1) 

**この対談は月刊雑誌WILLの2022年4月号からの転載です。

トップ写真:南京で開催された国立記念日で大学生が南京大虐殺の犠牲者を悼む(2020年12月9日、中国・江蘇省) 出典:Photo by TPG/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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