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.政治  投稿日:2022/3/28

日本外交の診断 兼原元国家安全保障局次長と語る その4 中国「千人計画」の危険性


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国の軍事力を高めたのは日本のODA。アメリカの対中関与策も失敗。

・中国は基礎研究を省き、先端技術をコピーすることで軍事力を急伸させてきた。極超音速ミサイルも日本の風洞実験を参考か。

・中国は「千人計画」で軍事研究を活発化。留学生も先端技術を持ち帰り、アメリカでは「シャドウ・ラボ」が問題に。

古森義久 日本のODA(政府開発援助)には、①環境と開発の両立、②軍事的用途への不使用、③被援助国の軍事支出と武器輸出入の動向に注意、④途上国の民主化、といったルールが決められていましたが、中国への援助供与は明らかにそのルールに反していました。

 

 日本からのODAは、主に中国国内の飛行場や港、高速道路、鉄道といった軍事的応用可能なインフラ建設に使われました。鉄道に関して言えば、北朝鮮が列車からミサイルを発射しているように、中国では一時期、核兵器の場所をかく乱させるため鉄道に乗せて中国国内を走らせていた。

 

 だが驚くことに、日本の外務省は中国にある鉄道の40%が日本のODAで電化されたのだ、と誇示していたのです。1997年に台湾の故・李登輝元総統から直接、「日本の対中援助では福建省の鉄道建設だけは止めてほしかった」と言われたことがあります。

 

兼原信克 福建省は台湾の向こう正面にありますからね。

 

古森 仮に台湾有事となれば、当然日本も戦争の当事国となる。しかし、その際の敵となる中国の軍事能力を高めていたのは、ほかならぬ日本だったのです。

 

兼原 アメリカの対中関与政策も失敗に終わりました。中国を支援して中国が強くなればソ連への抑止力となり、経済発展すれば民主主義国家の一員になると思い込んでいたわけです。中国は今日、アメリカが主導してきた国際秩序とは異なる価値観に基づく国際秩序をつくろうとしています。

 

兼原 日本やアメリカは、中国を西側に取り込むために多額の経済援助をしましたが、鄧小平は西側に入る気などさらさらなかった。では、なぜ鄧小平が改革開放によって中国を市場経済化したのか。それはソ連や東欧が倒れていくのを横目に「次はオレたちの番じゃないか」と危機感を募らせたからです。

 

 鄧小平は、天安門事件で子どもたちを虐殺し、民主化への扉を固く閉ざしましたが、中国の生き残りをかけて経済面での開国に踏み切り、腰を低くしたフリをして外国のカネや技術を取り込んだ。日本の幕末の「攘夷(じょうい)開国」と似ています。開国は手段で、目的は攘夷だった。

写真)鄧小平(1979年1月5日)

出典)Bettmann/Getty Images

古森 現在、中国は「千人計画」によって世界中から優秀な人材をスカウトし、軍事研究を活発化させています。アメリカではかつて「ベスト・アンド・ブライテスト」(最も聡明な人々)と呼ばれた研究者たちの多くは、ソ連の軍事研究をしていました。ソ連の崩壊後、そういった学者たちは中国の軍事研究をしています。ただし日本の学者たちと異なり、中国側に雇われるアメリカ人学者はきわめて稀です。

 

兼原 中国の軍事技術は、宇宙・サイバーに関する技術を含め、この10年で急伸しています。この急激な成長スピードの裏にはカラクリがあり、世界中の先端技術をコピーすることで、基礎研究のプロセスをはぶいているのです。

 

 科学技術は、基礎研究 ⇒ 応用研究 ⇒ 研究開発、というプロセスを経て社会実装されますが、研究者が長い時間をかけて骨身を削るのは基礎研究です。中国はその基礎研究を飛ばして開発された製品をコピーしているので、社会実装が早い。

 

古森 中国当局は「千人計画」だけでなく、中国人を世界中の名門大学に留学させています。高度な技術を身につけた中国人留学生は、祖国発展のために技術を持ち帰る。

 

兼原 日本の理系の大学院博士課程にいる学生のほとんどは中国人ですよ。中国人留学生は大使館とつながっています。中国人は国内法上、国家に情報を提供する義務を負っています。アメリカでは、中国人留学生が帰国した後にアメリカの研究棟とソックリな建物が中国に建設される「シャドウ・ラボ」が問題になっている。

 

古森 私は日本の大学院で中国人を教えたことがありますが、ハッキリ言って日本の学生よりも優秀でしたね。勤勉でもありました。

 

兼原 中国の軍事技術のなかには、日本の基礎研究をコピーしたものがたくさんあります。たとえば、最近話題になっている極超音速ミサイルは、1990年代に日本で風洞(ふうどう)実験を始め、良い業績を上げていたそうです。ところが、日本では軍事研究につながる技術開発はご法度でしたから、それ以上の研究はストップしました。しかしその研究には、中国人研究者が数多く参加しており、その技術が中国に持ち帰られた疑いがある。中国は最近、極超音速ミサイルの実験に成功し、アメリカ人を震え上がらせました。

 

古森 極超音速ミサイルは、マッハ5を超えるスピードを出すことから迎撃が難しいと、アメリカで話題になっています。

 

兼原 マッハ5からマッハ22です。日本は、戦争中はゼロ戦をつくっていたので、風洞実験には強いのです。戦前の研究者は、いかに空気抵抗を減らせるかを追求し、多くの風洞実験を繰り返すことで、ベストな重さ、翼の形を開発し、ゼロ戦に応用した。戦後、その技術は新幹線の形状に応用されています。だから最先端の極超音速飛翔体の実験をしていたのです。日本では一度お蔵入りした技術が、中国で極超音速ミサイルとして実用化されました。米国は、この分野がけっして得意ではない。極超音速ミサイルが撃たれれば、既存のミサイル防衛システムでは太刀打ちできません。

 

古森 ところが、日本の研究者のなかで、日本の安全保障にとって最大の脅威である中国の軍事事情について研究している人はほとんどいません。官では研究している人はいるかもしれませんが、民間の研究者が国会の場で中国の軍事力の危険性を論じることはない。国会中継を聞いていても「人民解放軍」という言葉はまず登場しません。

 

(その5につづく。その1その2その3) 

 

この対談は月刊雑誌WILLの2022年4月号からの転載です。

トップ写真:中国建国70周年記念の軍事パレードで展示された大陸間弾道ミサイルDF-41(東風-41)。核弾頭搭載可能で米国本土まで届く射程を持つ(2019年10月1日 北京市)

出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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