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.国際  投稿日:2022/4/27

米の戦争目的は「ロシアの弱体化」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#17」

2022年4月25日-5月1日

【まとめ】

・今回ロシアの戦争目的は二転三転した。

・米国防長官、戦争目的は「ウクライナを敗北させないこと」と「ロシアを弱体化すること」

・兵力の逐次投入という稚拙な戦術を一貫してとっているロシアが勝てる訳はない。

 

今週はlet slipなる英語表現をご紹介する。4月22日付Daily Beastは「Russian General Lets Slip a Secret Plan to Invade Another Country and Seize Ukraine’s Entire Coastline」と題する記事を掲載した。ここでのlets slipの意味は「秘密をうっかり漏らす」こと、すなわちこの見出しは「ロシアの将軍、(ウクライナ以外の)他国を侵略し、ウクライナの黒海沿岸部全体を制圧する秘密計画を漏らす」という意味になる。

ほーー、でも本当に「うっかり漏らした」のかね。同日付共同電は「ロシア中央軍管区のミンネカエフ副司令官は22日、ウクライナ南部に支配を拡大し、ドニエストル共和国への接点を確立することに言及」と報じている。いくらロシア防衛産業の会合での発言とはいえ、国営タス通信が伝えたのだから、「うっかり」ではないだろう。

なぜ筆者はこの記事に注目するのか。それは今週ようやく米露の「戦争目的」が明らかになり始めたと思うからだ。全ての戦争には目的がある。今回ロシアの戦争目的は二転三転した。ウクライナ保護国化か、東部のみの制圧か、黒海沿岸制圧からモルドバに至るのか、こんな場当たり主義ではロシア兵が可哀そうではないか。

では米国の戦争目的は何か。従来必ずしも明確ではなかったが、今週の米国務・国防両長官によるウクライナ訪問でようやく明らかになった。日本では「『ロシアは戦争で失敗』アメリカ国務・国防長官 ゼレンスキー大統領と会談」としか報じられていないが、両長官の発言中最も重要な部分は決して「ロシアの失敗」だけではない。

関連部分を正確に再録しよう。いずれも国防長官の発言である。

 ●(大統領との会談では米国の安全保障支援、訓練などを議論したが)焦点は「現在の戦闘の勝利と国の再建」を可能にする様々な措置を議論することだった。So our focus in the meeting was to talk about those things that would enable us to win the current fight and also build for tomorrow.  

 ●我々が見たいのはウクライナが自国領土を守ることができる主権国家・民主国家であり続けること、ロシアがウクライナ侵略に際し行った行為を行えなくなる程度に弱体化すること(の二つ)である。We want to see Ukraine remain a sovereign country, a democratic country able to protect its sovereign territory. We want to see Russia weakened to the degree that it can’t do the kinds of things that it has done in invading Ukraine.

要するに、米国の戦争目的は少なくとも「ウクライナを敗北させない」こととロシアを弱体化すること。今回の作戦は一貫している。対するロシア側の戦争目的は迷走を続け、それを遂行するための十分な兵力もなく、更に、典型的な兵力の逐次投入という稚拙な戦術を一貫してとっている。ロシアが勝てる訳はないと思うのだが。

〇アジア 

25日、北朝鮮が「朝鮮人民革命軍」創設90周年記念日を迎え、同日夜遅く軍事パレードが始まったそうだ。プーチンも5月9日にはパレードを企画しているそうだから、どっちもどっちだ。それにしても金正恩のパレードには注目が集まらない。もっと「構って」もらいたいというのが三代目の本音だろう。

一方、中国ではコロナ感染が止まらない。北京の朝陽区で70人の感染者が出たというが、70人ということは本当は700人いる可能性がある、というのが筆者の経験則に基づく勝手な計算だ。上海に続いて北京がロックダウンになれば、政治的悪影響は避けられなくなる。中国側は必死で止めようとするだろうが、大丈夫かね?

▲写真 コロナの検査を受ける市民(2022年4月22日、中国上海) 出典:Photo by Getty Images/Getty Images

〇欧州・ロシア

仏大統領選はマクロンが勝った。僅差になるかと心配したが、ある程度差をつけての勝利にはホッとした欧州人が多かったのではないか。それでもルペンの挑戦は終わらない。次回の大統領選にも必ず出馬するだろう。欧州の極右ポピュリズムを過小評価してはならない。

〇中東

中東産油国が原油大幅増産を求める声に冷淡なのは、米サウジ関係がギクシャクする中、同じ産油国であるロシアと利益を共有しているから、といった指摘がある。間違いではないが、米サウジ関係が良好な時は、米国がサウジ型統治を黙認する時であり、両国間の緊張はもっと根の深いものだ。サウジ米関係は愛憎関係、ロシアはソ連の時代から常に対米関係の従属変数であったことを決して忘れてはならない。。

〇南北アメリカ 

ニューヨーク州裁判所は、NY州司法長官の求めに対しトランプ前大統領が書類を提出しないのは「法廷侮辱」にあたると判断、トランプ氏に書類提出を命じ、従わない場合1日1万ドルの罰金を科すと決定したそうだ。だが、この程度でメゲるようなトランプではなかろう。

〇インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真 出典:Photo by Ukrainian Presidential Press Office via Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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