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.政治  投稿日:2022/5/18

ウクライナ支援、どうする大使館再開、首脳訪問


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・各国によるウクライナの大使館再開、首脳らによるキーウ訪問が相次いでいる。日本の方針は明らかではない。

・岸田首相、林外相は欧州を訪問したもののキーウを電撃訪問することなく帰国、惜しいチャンスをみすみす逃した。

・天然ガス「サハリン2」の撤退を見送れば、対露制裁、キーウへの積極支援で〝健闘〟してきた実績が損なわれる。

 

■G7で大使館未再開は日本だけ 

  ウクライナの首都、キーウには、侵略前に78カ国が大使館を置いていた。戦闘の激化をうけて、ほとんどが近隣国に移った。日本はポーランド東部のジェシュフに臨時事務所を設置、業務を行っている。

 ポーランドなどのように、激しい戦闘のさ中もキーウにとどまっていた国もわずかながらあった。

 4月以降、事態の長期化をうけ、危険な状態が続くにもかかわらず、各国大使館が続々、ウクライナ国内に戻りはじめた。ウクライナ軍の〝善戦〟と市民の抵抗を支援する意味合いもあり、5月中旬までに、英国、フランス、イタリアなど37カ国がキーウで業務を再開した。

 米政府は5月2日からウクライナに戻り、西部のリビウで業務を行い、5月末までにキーウの大使館を再開する予定。

 国外にとどまっているG7(主要7カ国)は日本だけとなっている。

 4月にジョンソン英首相がキーウ入りしたのに続き、アメリカのオースチン国防長官、ブリンケン国務長官、EUのフォンデアライエン委員長らが5月にかけて相次いで訪問、ゼレンスキー大統領らと会談した。

 ロシアの対ドイツ戦勝記念日前日の5月8日には、カナダのトルドー首相が、あてつけのように訪問、装甲車両、ドローンなど追加軍事支援などを表明した。

 バイデン米大統領のジル夫人も西部国境近くでゼレンスキー大統領のオレナ夫人と会談した。

 

■訪欧の首相、外相なぜキーウに寄らぬ?

 

 こうした動きをにらみながらも、日本政府はいぜん対応を決めかねているようだ。

 林外相は大使館再開について、「ジェシュフの事務所(臨時大使館)を拠点に、在留邦人の安全確保、出国支援に取り組んでいる。情勢を注視し関係国とも緊密に連携して適切に対応したい」(4月15日の記者会見)と述べたにとどまっている。

 要人のウクライナ派遣についても「現在は未定。現地情勢をみて、G7と連携し適切に対応していく」(同)と、これまた素っ気ないコメント。

 5月の大型連休中に岸田首相がイタリア、イギリスを、林外相が5月中旬、G7外相会議出席のため、ドイツを訪問したが、この間に、ウクライナに足を延ばし、〝電撃訪問〟することはなかった。

 先方との都合もあるので安易な批判は禁物とはいえ、日程協議を行ったが調整がつかず見送ったというならやむをえないが、先方と折衝したのかなどの経緯は明らかではない。

 東京からあらためて政府高官が出かけるとなると日程調整はさらに困難になる。

 それだけに、岸田訪欧、林訪独というチャンスを逃したのは惜しいというべきだろう。 

  自民党の佐藤正久外交部会長は5月10日の党会合で、「目に見える外交、現場感覚も大事だ」と強調、大使館再開、要人派遣を求めた。同様の要求が与野党から高まり、明確さを欠く政府への批判に転じる可能性もある。 

写真)2022年5月13日にドイツのホルスタインで行われたG7外相会合にて林芳正外務大臣がイタリアのルイージ・ディ・マティオ外務大臣と話しながら歩く様子。

(出典:Photo by Georg Wendt – Pool/Getty Images

 

■「サハリン2」出資続けるのか

 

 大使館再開、高官派遣は決断次第で実現可能だが、今後の対露制裁、ウクライナの支援強化ではさらに難問が待ち構えている。

 大きいのはエネルギー禁輸問題をどうするかだ。

 G7首脳は日本時間5月9日のオンライン会合で、ロシアからの石油輸入停止など制裁強化を決めた。岸田首相は「日本としては大変苦しい決断だが、G7の結束が何よりも重要だ」と苦渋の表情で同調を表明した。

 首相は、日本の官民が出資するエネルギー開発事業、「サハリン1」「サハリン2」からの撤退それ自体は否定した。しかし、輸入は止めるが出資は継続ーという中途半端なことが可能か。 

 欧米の石油メジャー各社は完全撤退を決めるなど方針を転換しはじめている。

 イギリスのシェルはロシアの侵略開始からわずか4日後の2月28日にはやくも、27・5%出資の「サハリン2」から撤退すると発表した。

 やはりイギリスのBPはすでにその前日、ロシアの国営エネルギー会社ロスネフチの株式をすべて処分、ロシアでの事業からの撤退方針を発表。損失は最大、250億ドル(約3兆円)に上る可能性があるという。 

 いずれも巨額の損失覚悟の思い切った決断だった。  

 「サハリン1」から撤退しても、石油の依存度が4%にとどまっていること考えれば、出血は少ないかもしれない。

 しかし、天然ガス中心の「サハリン2」となると事態は深刻だ。

 年間1000万㌧の液化天然ガス(LNG)を生産、日本の依存度が9%にのぼるため、供給が絶たれれば国内のガス、電力各社にとっては打撃となり、需要抑制、料金引き上げなど国民生活への打撃も避けられない。

  中国に権益を奪われるという懸念も現実味を帯びてくる。 

■埋まりつつある〝外堀〟 

 〝外堀〟が徐々に埋まりつつある。

 そのひとつがドイツの方針転換だ。

 ドイツは天然ガスの55%、石油34%をロシアに依存しており、日本は撤退の可能性は少ないとみていたが、思い切ってパイプライン「ノルドストリーム2」の計画停止を決めた。 事業費約1兆2000億円、ほぼ完成しているが、稼働中止となった。 

 5月12日の日本ーEUの定期協議での共同声明に、ロシア産天然ガス依存度を減少させることを念頭に「供給の安定性確保の協力」が盛り込まれた。

 対日圧力の第一波到来というべきだろう。 

 日本国内でもすでに2022年3月の衆院本会議で、国民民主党の玉木代表が、「G7各国の制裁の足並みを乱す」としてサハリン2撤退を求めている。

 エネルギーは食糧と並んで、国の安全保障の根幹をなすだけに、拙速な結論は禁物だ。

 しかし財界の一部にも撤退やむなしの声があり、国際的な圧力だけでなく、国内からも中止要求が高まった場合、追い込まれて決断を迫られる事態にならないか。 

■優柔不断は影ひそめた決断 

 今回のロシアによるウクライナ侵略の直後、日本が十分な支援、対露制裁を実行できるか、懸念する向きがあった。

 2014年、ロシアがクリミアを併合したときの日本の制裁は、ビザ発給緩和の停止、関係者23人へのビザ停止など軽微な内容だったからだ。

 ロシア政府高官の資産凍結、入国禁止、武器禁輸などを打ち出した欧米とは大きな違いだった。

 そのうえ、あろうことか今回のロシアによる攻撃10日前の緊迫した時期に、林外相とレシェトニコフ経済発展省との間で「日露貿易経済政府間委員会」が開かれ、両国の経済協力全体が話し合われたというのだから、強い制裁など望むべくもないと感じた向きは少なくなかったろう。 

 しかし、懸念は杞憂に終わった。

 ふたをあけてみれば、事前の懸念を払しょくする〝健闘〟ぶりだった。

 ウクライナに対して、食糧、シェルターなど2億ドルにのぼる人道支援、3億ドルの円借款に加え、防衛装備品の供与という異例のおまけまでつけた。

 防弾チョッキ、ドローン 防衛装備品にヘルメット、双眼鏡など攻撃用武器との境界が微妙な物品が含まれた。

 ロシアの最恵国待遇除外、プーチン大統領らロシア要人の資産凍結など矢継ぎ早に行ったが、もっとも強硬だったのは、東京のロシア大使館員8人を「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからぬ人物」として追放したことだろう。

 ロシア外交官の国外退去は、欧米ではしばしばみられるが、日本政府が一挙に8人もの多数を、しかも、制裁の一環として追放するのははじめて。日本が事あるごとに露呈してきた優柔不断さはすっかり影をひそめたというべきだろう。 

■1流国か2流国の分岐点 

 こうした実績を重ねていただけに、ことここにきて、日本が逡巡して〝落伍〟すれば「やはり」と各国の失望を買うのは目に見えている。

 その後はすべてが日本抜きで進むだろう。 

 岸田首相、林外相らは、これまでG7首脳会議、外相会議に、窮屈な日程をやりくりして出席してきた。日本の存在があってこそ、対ロシア共同戦線に普遍性を与えることができるからであり、中国の脅威を西欧に理解させる効果ももたらしたろう。 

 日本はいま1流国に留まることができるか、2流国への転落か、その瀬戸際にたたされている。 

 ウクライナにとって存亡をかけた戦いであると同様に、日本にとっても国の命運がかかった事態であることを官民ともによく認識すべきだろう。

トップ写真)2022年5月5日岸田文雄首相がロンドンを訪問し、イギリスのボリス・ジョンソン首相と歩く様子。

(出典:Photo by Dan Kitwood/Getty Images




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