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.政治  投稿日:2022/1/29

毅然さ欠く日本のウクライナ危機対応 クリミア併合時の轍踏むな


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・ウクライナ危機に対する日本の対応は厳しさに欠ける。ロシアがクリミアを併合した時も同様だった。

・クリミア併合当時の安倍政権は北方領土問題への影響を考慮して軽い対露制裁にとどめた。

・領土問題が進まない今、慎重になる理由はない。日本こそ先頭に立ってロシアの不法行為を糾弾、厳しい制裁を断行すべきだ。

 

ウクライナ危機をめぐる日本政府の反応が毅然さを欠いている。

欧米各国はロシアが侵攻した場合、強い制裁を科す構えをみせているが、日本政府は同調するかどうか、方針の表明を避けている。

思えば2014年、ロシアがウクライナ南部のクリミアを併合した当時も、日本は実効性の少ない形ばかりの制裁を科しただけだった。北方領土問題への悪影響を避ける配慮があったのだろうが、ロシアが返還拒否の姿勢を鮮明にしている今、配慮する理由などない。

厳しい対応をとることができなければ、日本の国際的な信頼はさらに低下するだろう。

▲写真 米軍によってウクライナに運ばれる対戦車ミサイルなどの武器。ロシアによるウクライナ侵攻の可能性に対して、米、英、その他のNATO諸国はウクライナに武器を送っている。(2022年1月25日、ウクライナ・キエフ近郊のボルィースピリ空港) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images

「侵略」に対して悠長な首相、外相

岸田文雄首相は2022年1月27日の衆院予算委員会で、「国境付近でのロシア軍増強の動きなど、重大な懸念を持って注視している」としながらも「G7(先進7カ国)の枠組みを重視しながら適切に対応する」と答えるにとどまった。

▲写真 日米首脳会談(2022年1月21日) 出典:首相官邸

林芳正外相も同月25日の記者会見で、ロシアが侵攻した場合、欧米各国が表明している「強い措置」に足並みをそろえるかどうかについて、「仮定の質問への答えは差し控えたい。G7をはじめとする国際社会と連携し適切に対応する」と述べるにとどめた。

世界のメディアがこぞって連日報じている切迫した情勢を前に、あまりのそっけなさ、緊張感に欠けるコメントだった。

ウクライナ侵攻は「力による現状変更」の蛮行であって、21世紀の今日、絶対に許されない。首相、外相の発言は悠長にすぎるというべきだろう。

「仮定の質問」としてコメントを避けること自体、ロシアに警告する意思のないことを意味し、「味方か」という誤ったメッセージになりかねない。少なくとも「日本与しやすし」という印象をロシアに与えるだろう。

岸田首相は22年1月21日のバイデン米大統領とのテレビ会談で、ロシアのいかなる攻撃に対しても強い行動をとることを前提に、他の同盟国、パートナーとも緊密な連携を継続していくことを確認したが、どの程度本気なのか、真意を疑われてもやむをえまい。

ウクライナのコルスンスキー駐日大使は1月26日、東京の外国人特派員協会での記者会見で、岸田首相が2014年のロシアによるクリミア併合の時の外相であったことに言及して、「岸田氏は状況を理解している」「日本は非常に重要な役割を果たすことができる」と今後の動きに期待感をにじませた。大使の望み通りになるかどうか。

■ 制裁同調避ければ国際的な信用は低下

ロシアの侵攻が現実のものとなった時に備えて、アメリカ、欧州各国はすでにさまざまな「強い手段」を検討している。

派兵は除外されているが、金融制裁、軍需品の禁輸、各国の銀行が加入する「SWIFT」(国際銀行間金融通信協会)からのロシア銀行の締め出しなどが検討されている。

SWIFTから排除されれば、ドルやユーロでの外国貿易の決済が不可能となり、対イラン制裁と同様の強い効果をもたらす。ロシアの基幹産業であるエネルギー供給への打撃は計り知れないといわれる。

■ クリミア併合時は実効性のない軽い制裁

▲写真 クリミア首相セルゲイ・アクショーノフ、クリミア国家評議会議長ウラジミール・コンスタンティノフ、ロシア大統領ウラジミール・プーチン、アレクセイ・チャリ セバストポル市長が調印式に臨む モスクワ・クレムリン宮殿 (2014年3月18日) 出典:Photo by Sasha Mordovets/Getty Images

いざとなった時に、日本がこうした効果的な手段に同調することができるのか。

そうした懸念は2014年のクリミア併合時に日本がとった措置を振り返ってみれば、現実味を増すだろう。

当時、日本が欧米に同調して科した制裁は、ロシアへのビザ緩和協議の停止、関係者23人へのビザ発給停止、66個人、16団体の資産凍結、ロシアの主要銀行による新規証券募集、発行の禁止、武器禁輸ーなどだった。

しかし、資産凍結された個人、団体はいずれもウクライナ国内の協力者らに限られロシア要人は含まれなかった。ロシアの金融機関が日本国内で株式を発行するケースはほとんどないから、実害をもたらすことはなかった。

武器禁輸といえば、聞こえはいいが、日本からロシアへの武器輸出はなく、これまたロシアは痛痒を感じなかったろう。

この時のアメリカ、欧州の制裁は、貿易、経済分野での政府間協力、軍事協力、エネルギー企業5社への深海、北極での油田開発への技術供与をそれぞれ停止するなどが中心。

エネルギー産業を狙い撃ちにして打撃を与えるのが目的だった。

今回、日本にとって、クリミア併合時の轍を踏むことは、もはや許されまい。一流国にとどまることができるか、二流国に転落するかの瀬戸際に置かれている日本が、軽い制裁にとどめるようなことを、あえてすれば、米国はじめ欧州などの失望を招き、日本の国際的地位の低下はいっそう強まろう。

 日本こそ、非難、制裁の先頭に立て

クリミア併合当時、当時の安倍政権が軽微な制裁にとどめたのは、安倍氏とプーチン大統領が個人的にも親しい関係にあったことが大きい。加えて北方領土問題の進展をはかるにはロシアとの良好な関係の継続が得策という判断もあったようだ。

しかし、岸田内閣になった今、日露関係そのものを含め、状況は大きく変化している。

北方領土問題についていえば、2018年の安倍首相とプ―チン大統領によるシンガポール合意で、日本は「4島返還」から「2島返還」に譲歩、方針転換を図ったものの、ロシアは、2島返還すら一顧だにしない姿勢を見せ、領土問題は完全に膠着状態に戻っている。

対露関係の悪化を防げば北方4島が返ってくるというならともかく、そうではないにもかかわらず、日本は慎重になる必要があるのか。

「力による現状変更」ということでは、ロシアのウクライナ侵攻も、わが国固有の北方領土の不法占拠も、国際法を無視した野蛮な行為の被害という点では根は同じだ。

それを考えれば、本来、日本こそウクライナに協力してロシア非難、制裁の先頭に立つべきだろう。

 岸田首相の安倍元首相依存脱却は対露政策から

岸田首相の思いは国際的な連携より、国内政治に向いているのかもしれない。

昨年秋の自民党総裁選で、その協力がなければ勝利することができなかった安倍元首相の採った路線に変更を加えることに踏みきれないのかもしれない。安倍氏同様、2島返還でよしとする勢力が、国内に依然存在することも、岸田氏を慎重にしているのだろう。

しかし、岸田氏自身、就任直後の21年10月7日、プーチン大統領と電話で話し合った際、記者団に「4島の帰属を明らかにして、平和条約を締結する」と明言した。

林外相も年明けの1月13日、日本記者クラブの会見で「交渉の対象は4島だ」と述べ、「2島返還」を放擲して「4島返還」に立ち戻る岸田政権の政策変更の可能性をうかがわせた。

岸田氏の安倍依存への決別は、ウクライナ問題、対露政策からはじめてみてはどうだろう。それは日本が世界の信用をつなぎ留め、一流国にとどまる手段でもあるだろう。

トップ写真:森の中で戦闘訓練を受ける民間人の女性(中央) ウクライナ全土で数千人の民間人が基本的な戦闘訓練を受けており、戦争時にはウクライナ軍の直接の指揮下に置かれる(2022年1月22日 ウクライナ・キエフ) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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