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.国際  投稿日:2022/6/1

「10万人大会」を主催した李克強首相


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・李克強首相が中央・地方約10万人幹部を集めて「全国経済安定化テレビ電話会議」を主催した。

・この規模は、「大躍進」後の飢餓問題を解決するため、1962年の共産党「7000人大会」を彷彿とさせる。

・李首相の「経済優先」の指示が“上意下達”で浸透しているのかもしれない。

 

我々は、以前から中国で「宮廷クーデター」(共産党内部での「反習近平クーデター」)が発生した公算が大きいと指摘して来た。一部の論者や評論家は、その「宮廷クーデター」仮説を“噂レベル”と一蹴している。

だが、彼らには、中国人民解放軍に対する“誤解”があるのではないか。問題は、習近平主席が軍権を握り、軍をコントールしているか否かである。もし、習主席が軍を完全掌握していれば、今でも主席が党の実権を握っているはずである。

しかし、必ずしもそうとは言い切れないだろう。なぜか。元々、人民解放軍は、決して国軍でも党軍でもない所がポイントである。人民解放軍は、実態として、かつての軍閥色を残す“私軍”だと思われる。

その典型例が、2012年3月に失脚した薄熙来(重慶市トップ)の行動ではないか。前年11月、薄の妻、谷開来が、息子(薄瓜瓜)の家庭教師だったヘイウッドを殺害した。他方、2012年2月、薄の部下、王立軍が「米成都領事館逃亡事件」を起こしている。その際、薄熙来は、第14集団軍(当時)を動かしたという。

▲写真 判決を受ける薄熙来(2013年9月22日、中国・北京) 出典:Photo by Feng Li/Getty Images

実は、薄の父、薄一波は、第14集団軍の前身である、抗日戦争時期の「山西新軍」を創設した。1937年8月1日、山西省太原市に陝西省青年抗敵決死隊が発足したが、(創設者は)薄一波(中国共産党山西省党公開工作委員会書記)政治委員となっている。

薄熙来は、最高権力者の政治局常務委員ではなかった。それにもかかわらず、父親の威光で、軍を動かす事が可能だったのである。

もう一つ、習主席が軍を掌握しているかどうか、疑わしい点がある。2016年2月、習近平主席が「7大軍区」を「5大戦区」へ編成替えした。その後、習主席は、多くの「上海閥」(=「江沢民派」。現「反習近平派」)の将校をクビにして、「習派」の将校に入れ替えている。確かに、軍のトップは、ほとんど「習派」で固められたと言っても過言ではない。

しかし、左官・尉官クラスは、依然、「上海閥」で占められている。したがって、すべての軍が習主席の思惑で簡単に動くとは限らないだろう。

さて、「宮廷クーデター」の傍証は、北京市内で戦車が目撃されたのを含め10件を超えている。そして、直近に、また傍証となるような“事件”が起きた。

5月25日、李克強首相が中央・地方約10万人幹部を集めて、「全国経済安定化テレビ電話会議」を主催(a)したのである。前例のない規模だった。韓正副首相が議長を務め、孫春蘭、胡春華、劉鶴の3副首相も列席した。

李首相は会議で、目下、中国は経済的に困難に陥っていると強調した。だが、今回、李首相は最近の主張を繰り返しただけで、講話自体に新味はない。

それより重要なのは、国務委員の魏鳳和、趙克志、王勇、肖捷が出席した事だろう。経済会議に、魏鳳和・国防部長と超克志・公安部長が臨席するのは、異例中の異例ではないだろうか。同会議は、習主席の固執する厳格な「ゼロコロナ政策」を続けていては国がもたないので、いわば「国家総動員体制」を敷く目的だったと考えられよう。

このような大規模会議は、「大躍進」後の飢餓問題を解決するため、1962年1月~2月にかけて行われた共産党の「7000人大会」を彷彿とさせる(b)。

同会議で、劉少奇は、3年間(1959年~61年)の飢饉の原因を「3分の天災、7分の人災」とした。結局、毛沢東は党内の圧力によって会議で自己批判を行い、大会後、毛沢東は第2線に退いた。その後、劉と鄧小平が中央委員会の日常事務を取り仕切るようになったのである。

ところで、25日深夜、李克強首相の演説が官製メディアによって、いったん、打ち消された(c)。『経済日報』が習主席を支持する社論を掲載(d)したのである。

けれども、連日となる翌26日、李首相は、各地方当局者に対し、夏の穀物の収穫を確実にするため「いかなる理由であれ、政府が夏の穀物の収穫に影響を与える検疫所を設置することは許されない」と再び命令を下している(e)。

官製メディアでは、あたかも習・李バトルが勃発したかのように取り上げているが、実際は、李首相の「経済優先」の指示が“上意下達”で浸透しているのかもしれない。

 

<注>

(a)『自由時報』「中国共産党の権力闘争は風雲急を告げているのか。李克強、異例の10万人幹部会議を招集、解放軍上将も出席」(2022年5月26日付)

(https://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/3939346)

(b)『万維読報』「李克強、異例の10万人規模の大会 習近平の『2線後退』は確実か」(2022年5月25日付)(https://video.creaders.net/2022/05/25/2487240.html)

(c)『中国瞭望』「奇怪! 深夜、李克強の重大な演説が官製メディアによって打ち消される」(2022年5月27日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/05/27/2487830.html)

(d)『中華人民共和国中央人民政府』「経済日報社説:現在の経済状況を包括的かつ弁証法的にとらえよう」(2022年5月26日付)

(http://www.gov.cn/xinwen/2022-05/26/content_5692340.htm)

(e)『自由時報』「習近平と李克強は闘争を始めた!李克強は検疫所を設置して夏の穀物の収穫に影響を与えてはならないと命じた」(2022年5月28日付)

(https://ec.ltn.com.tw/article/breakingnews/3942466)

トップ写真:全国人民代表大会の開会式で演説する李克強首相(2022年3月5日中国・北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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