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.国際  投稿日:2022/6/20

「習派」の退潮と「反習派」の伸張


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・5月初旬以降、中国では「習近平派」の勢力が衰え、「反習近平派」の勢いが増している。

中国規律検査監察ジャーナル』が、李克強首相を暗に非難した一文を掲載したが、まもなく削除された。

・一方、ここ数日、中国共産党高官が多数、調査・処分を受けたが、失脚した幹部は主に習主席の部下だという。

 

今年(2022年)5月初旬以降、中国では「習近平派」の勢力が衰え、「反習近平派」の勢いが増している。

中国規律検査監察ジャーナル』(中央規律検査委員会と監察部が主管し、国内外に公開的に発行する機関紙)最新号に掲載された「『洗練された利己主義』を捨てよ」(a)という一文が興味深いので、紹介したい。

文章には、秦王朝の李斯宰相と唐王朝の李林甫宰相が“反面教師”として登場する。そして、「洗練された利己主義」を痛烈に批判した。これは、李克強首相を暗に非難している。

北京大学中文系の銭理群教授の言葉を借りれば、「洗練された利己主義」とは「賢くて、世渡り上手で、洗練されていて、間違った行動をとらず、協調性があり、自己目的のため制度を利用するのが上手いエゴイスト」という事になるだろう。そういう人間がいったん権力を持つと、普通の汚職警官よりも有害だと指摘している。

その代表的な人物として、秦の宰相、李斯、及び、唐の宰相、李林甫が取り上げられた。

記事は、李斯を「名声と利益の追求に熱心だが、それを包み隠すのが極めて上手い人物」、「生涯を通じて、その優れた政治的才能は、彼の強欲で利己的な性格を覆い隠していた」と批判している。

他方、李林甫については、「唐王朝の繁栄からの転落は、洗練されたエゴイストの李林甫と表裏一体の関係にあった」と指摘した。また、李林甫は「権力欲が強く、女々しくてずる賢く、『口蜜腹剣(心地よい言葉をかけながら、心の中には悪意が満ちている)』と呼ばれた」という。

2人の宰相を引き合いに出した後、「一部の党員と幹部は私利を唯一追求し、謀略的で、世渡りが上手く、それを隠すことが得意だ」と指弾した。

そして、「学者」としてのオーラを持ちながら、権力と金に夢中の有力幹部もいる。名門校を卒業し、若くして重責を任されたが、常に大役を担い、権力を私利私欲に使い、財を成そうとする幹部がいると、痛罵した。

李という姓、宰相、学者出身の役人、有名校(北京大学)を卒業している等、これらの特徴から、李首相を標的にしていることは明らかだろう。

ところが、この記事がまもなく削除された(b)。

突然、同記事が、中国のSNS上で、共産党の“検閲対象”となり、中央規律検査委員会HPに掲載された原文まで削除されている。

6月14日、米国在住の評論家、秦鵬は、「中央規律検査委員会による『李克強が野心家でそれを隠すのが上手い』と罵った記事が、本日、各種ツィーターやWeChatでバズり、同委員会の元記事が404(エラーメッセージ Not Found<未検出>)になった」とつぶやいた。

6月1日に掲載されたこの記事は、海外メディアの注目を集めていた。だが、同月14日、突如、中国本土のソーシャルメディアに飛び火したのである。

おそらく「習派」の人間が李首相を叩くために同記事を掲載したが、「反習派」によって、元記事が削除された可能性がある。この経緯を見れば、「習派」の退潮は明白ではないだろうか。

一方、人事面からも「習派」の退潮が窺える。

6月9日、政治評論家、陳破空の分析(c)によると、ここ数日、中国共産党の省・大臣クラスの高官が多数、調査・処分を受けたが、失脚した幹部は、主に習主席の部下だという。

6月1日、中央規律検査委員会は、広東省人民代表大会常務委員会副主任の陳如桂が重大な規律違反で失脚したと発表した。

2017年、陳如桂は深圳市長に就任したが、当時は、習主席が権力の絶頂期にあった。陳如桂は必ずしも「習派」とは言えないが、習主席に近かったのは間違いない。

また、別の「習派」幹部も調査を受けている。

中央規律検査委員会は江蘇省党委員会元副書記、張敬華を「個人の出世のため、経済データを改竄し、法律に反して市場経済に干渉した」等の容疑で有罪とした。陳破空は「経済データを改竄し、市場経済に干渉した」という容疑自体、極めて珍しいと喝破した。

その他、 5月31日から6月2日までの3日間で、遼寧省人民代表大会常務委員会の孫国相副主任と上海市検察院の張本才主任が失脚した。また、海南省三亜市委員会の童道馳前書記が「収賄とインサイダー取引」の罪で執行猶予付きの死刑判決を受けた。更に、寧夏回族自治区政治協商会議の李沢峰元副会長は1年間の保護観察と政治職務解任を言い渡されている。

 

<注>

(a)『中国新聞センター』

「二つの中央が形成される、中央規律検査委員会は列をなして李克強を大いに罵倒: 同委員会の雑誌は李斯と李林甫という大宰相を学者型官僚として描き、名門校の卒業生は『洗練された利己主義』である主張」(2020年6月7日付)

(https://chinanewscenter.com/archives/32846)

(b)『中国瞭望』「中国規律検査委員会が李克強首相を批判した文章、公式サイトから元記事が削除される」(2022年6月14日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/06/14/2494169.html)

(c)『中国瞭望』「情勢激化で、反習派が動き始めた」(2022年6月9日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/06/09/2492577.html)

トップ写真:人民大会堂での2022年北京冬季オリンピックおよびパラリンピックへの貢献を称える式典に臨む、習近平国家主席と李克強首相(2022年4月8日、中国・北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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