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.経済  投稿日:2022/7/28

脱炭素で権威失墜 先進国の落日


杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

「杉山大志の合理的な環境主義」

【まとめ】

・ドイツはロシアに替わるエネルギー調達先の確保に奔走しており、これが世界エネルギー価格の高騰に繋がっている。

・先進国はこれまで、脱炭素を理由として開発途上国における化石燃料事業への投資・融資を断ち切ってきたにも関わらず、自らは経済活動の維持のために化石燃料を必死に調達している現状である。

・このような身勝手な行動は先進国の権威を失墜させることになりかねず、利害関係が一致しているロシアや中国と経済関係を強める途上国も増えている。

 

ドイツ政府の愚かな決定が、ドイツをロシアの人質にしてしまった。日本でも信奉者の多かったドイツの「エネルギーベンデ(=エネルギー転換)政策」は、信じられないほど高価な災難だった。

ドイツは脱原子力と脱炭素を同時に進め、再生可能エネルギーへ移行するとした。だが実際にはそれではエネルギーが足らず、ガス輸入をロシアに支配されることになった。これにより、プーチンに、ドイツ経済を麻痺させて、人々を残酷な冬にさらす力を与えてしまった。

ロシアのガスに代わるものを見つけることができなければ、この冬にも人々が凍死し、産業が崩壊することになりかねない。

それでドイツはいま、液化天然ガスや石炭など、これまで忌み嫌っていたエネルギーの調達に躍起になっている。これにより、世界のエネルギー価格は高騰している。

それにも関わらず、緑の党が入閣しているドイツ政権のレトリックは変わらない。いわく、化石燃料への回帰は一時的なものであり、CO2をゼロにするというネットゼロの目標は変えない、とのことだ。

そしてこの期におよんでも、まだ水素エネルギーの輸入というニュースが流れてくる。

ドイツは「国家水素戦略」に沿って、アフリカなど、太陽光や風力によるグリーン水素(=再生可能エネルギー由来の電力を利用して、水を電気分解して生成される水素のこと。製造過程で二酸化炭素を排出しない。)の生産に適した地域と提携し、水素を輸入し国内需要を賄うとしている

先日、その計画の一環として、アンゴラのペドロ・デ・アゼベドガス担当大臣は、グリーンアンモニア工場が2024年に輸出できるようになる見通しだと述べた。グリーンアンモニアは、グリーン水素を長距離輸送するために使用できる液体エネルギーキャリアである。これはアンゴラの水力発電所の電力を利用するものだという。

ドイツに限ったことではないが、先進国はここ数年、脱炭素を理由として、開発途上国における化石燃料事業への投資・融資を断ち切ってきた。だがその一方で、自らはいま化石燃料の調達に奔走している。

そこにきて、アンゴラの貴重な電気を、ドイツでの水素エネルギー供給という贅沢のために使ってしまうという。だがその水力発電の電気は、貧しいアンゴラの経済開発のためにこそ使うべきものではないのか?

身勝手ということでは日本も類似のことをしている。

先日、外務省はバングラデシュとインドネシアに対する政府開発援助(ODA)による石炭火力発電事業支援の中止を発表した。CO2の排出が理由であり、G7の意向に沿った形だ。

だがその一方で、この夏の電力不足に対応するため、停止していた火力発電所の再稼働を急いでいる。千葉県の姉崎火力発電所5号機、愛知県の知多火力発電所5号機などだ。

自分の国で電力不足になりそうだと火力発電に頼る一方で、途上国の火力発電所は見捨ててしまう。日本がいま電力不足なのは事実だが、バングラデシュほど慢性的に電力が不足し停電が頻発し経済に甚大な悪影響を及ぼしている訳では無い。バングラデシュの経済開発のためには安定した電力供給が不可欠だ。

世界中に脱炭素を説教してきた先進国が、いざとなると経済のため、背に腹は代えられないといって世界中の化石燃料を買い付けている。途上国はもともと経済のために化石燃料を切望していたのに、その芽を摘んできたことには無頓着だ。そしていま先進国が化石燃料の高騰を引き起こして、国産エネルギーを持たない開発途上国は窮地に立たされている。

身勝手な行動は、先進国の権威を失墜させる。

いま先進国は、ウクライナへの軍事進攻をしたロシアを罰するためとして、経済制裁を進めている。だが、これには開発途上国はほとんど参加していない。

▲写真 ロシアからのガス供給削減を受けて、ガス需要削減計画を提案する欧州委員会委員長のフォンデアライエン氏 出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images

ドイツのショルツ首相は南アフリカを訪問し経済制裁に参加するよう要請したが、南アフリカのラマフォサ大統領はこれを断った。そして「傍観者や紛争の当事者でない国も、ロシアに課された制裁によって被害を受けている」と述べた。アフリカは、エネルギー価格の高騰のみならず、経済制裁に伴う食料価格の上昇でも大きな打撃を受けている。

対ロシア経済制裁への参加国が先進国に限定される一方で、BRICSなどの新興国をはじめ途上国は先進国にお構いなく独自の行動をするようになった。

ロシアの原油輸出は、割引価格で提供され、中国、インドをはじめ、ブラジル、エジプトなどに振り向けられている。サウジアラビアとUAEもロシアから購入し、代わりに自国の石油を輸出することで、ロシア産の石油の産地ロンダリングをしている。

世界的なエネルギー価格の上昇と相まってロシアの石油収入は伸びた。これに支えられてルーブルは高値で安定している。

インドの輸入量は日量100万バレルに近づいている。中国はドイツを抜いてロシア産原油の単独最大輸入国になった。ブラジルはロシアの石油と肥料の輸出に大きく依存している。肥料製造にはエネルギーを大量に使用するため、ロシアのようなエネルギー大国は肥料大国でもある。

どの国も、ロシアが世界の主要輸出国である燃料、食糧、肥料などを最も安価に入手できるという点で、すべての途上国と切実な利害を共有している。

そしてロシアに対する先進国の金融制裁を見て、中国をはじめ新興国は先進国通貨に依存しない決裁に取り組んでいる。BRICSも拡大しつつある。中国はインドネシア、カザフスタン、ナイジェリア、セネガル、タイ、UAEなど13カ国にBRICS加盟の申請を呼びかけている。

燃料、食糧、肥料という3つのFを輸入に依存する多くの途上国にとって、先進国が介入出来ない形においてロシアや中国との経済関係を強めることは、先進国の気まぐれによるグリーンな政策の押し付けや金融制裁に対する賢明な防御策に見えるようだ。

この動きが進むにつれ、先進国のロシア・中国との対決は、ますます困難になってゆく。

以上

トップ写真:ドイツで建設中の液化天然ガスターミナル。米国やカタールからのLNG輸入を可能とし、ロシアへの依存度を低下させる目的。(2022年7月16日、ドイツ・ヴィルヘルムスへーフェン) 出典:Photo by David Hecker/Getty Images




この記事を書いた人
杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

【学歴】


1991年 東京大学 理学部物理学科卒業


1993年 東京大学大学院 工学研究科物理工学修士了


【職歴】


1993年~2017年 財団法人 電力中央研究所


1995年~1997年 国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員


2017年~2018年 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員


2019年~ 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


2019年~ 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授

杉山大志

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