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.国際  投稿日:2022/6/4

EU、露産石油輸入禁止は諸刃の剣


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)

【まとめ】

・EUは5月30日、首脳会議でロシア産石油の輸入禁止で合意。

・年内にはEU域内でロシア産石油輸入の92%がストップの見込み。

・しかし、エネルギー供給不足や価格上昇などの「返り血」浴びかねない。

 

◎ハンガリー、トルコが“

欧州連合(EU)は5月30日、ブリュッセルで開いた首脳会議でロシア産石油の輸入禁止で合意した。一方、ロシアのウクライナ侵攻を機に、ロシアと国境を接するフィンランドとスウェーデンは西側の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請した。 

しかし、EUのロシア産石油禁輸では、ハンガリーが「経済への核爆弾」(オルバン首相)などと反発、同国をはじめとする東欧3カ国はパイプライン経由の輸入停止を猶予された。後者の案件では、現NATO加盟30カ国のうちトルコが少数民族をめぐる問題に関連して両国の加盟に反対する構えをみせている。ロシアへの対応でハンガリーとトルコが西側諸国の政策の実現に”壁”として立ちふさがっている格好だ。

◇92%をカバー

EU側はロシアからの石油輸入代金として2月24日のウクライナ侵攻以後も毎月約300億ユーロ支払っているとされる。一方では制裁を科しながら、他方では戦争継続を後押しする構図だ。EU統計局によると、EUの原油輸入のうちロシアからの輸入は25%を占めており、最大の供給元だ。

首脳会議での合意によると、EUはハンガリーに配慮して、禁輸からパイプライン輸送分を除き、タンカーによる海上輸送分のみを対象とする。ハンガリー、チェコ、スロバキアの東欧3カ国はロシア産石油のパイプライン経由による輸入の禁止措置を免除される。

特にハンガリーに対して禁輸措置の対象から除外する具体的な猶予期間は定めなかった。それでも年内にはEU域内でロシア産石油輸入の92%がストップするとみられ、ロシアに財政面での打撃を与えそうだ。一方、EU諸国はエネルギーの供給不足や価格のさらなる上昇という「返り血」を浴びかねない。

▲写真 露のウクライナ侵攻でガソリン価格が高騰し、ガソリンスタンドに出来た給油待ちの車の列。(ポルトガル、2022年3月6日) 出典:Photo by Horacio Villalobos#Corbis/Corbis via Getty Images

EUのミシェル大統領は「戦争を終わらせるためのロシアに対する最大限の圧力だ」と合意の成果を強調した。

今後の焦点はEUにおける消費の約4割を占めるロシア産天然ガスだ。ポーランドやバルト3国は早期の禁輸を主張するが、ドイツなどは慎重な姿勢を崩していない。

一方、ロシアはポーランドやブルガリアの他オランダへのガス供給を停止し、欧州への揺さぶりをかける。ロシアとのせめぎ合いでEU諸国が団結を維持できるか。EUは正念場を迎えている。

再エネに注目

こうした中でEUはロシア産化石燃料への依存から脱却することが急務だと認識しており、そのためには天然ガスの調達先の多様化や太陽光や風力を柱とする再生可能エネルギーの導入加速化を図る方針だ。EU欧州委員会は化石燃料の脱ロシア依存を2027年に達成するための「リパワーEU」計画をまとめた。その中で脱ロシア依存の達成目標期限を2027年に設定し、再生可能エネルギーのさらなる導入のために3000億ユーロを投じる方針だ。

太陽光パネル発電では、域内で新築される住宅にパネルの設置を義務付ける。公共の建物は2026年から、民間の建物は2029年から適用される。風力発電では、現在約9年かかる認可手続きを短縮する。

燃料電池や水素燃料についてはEUで「購入共同体」などを結成して、より安価な調達を目指す。

EUは2030年までに再生可能エネルギーの割合を45%にまで引き上げることを目指している。

EUは必要な資金についてはEU予算や排出権取引による収入からの充当を検討しているが、ドイツ℉などの産業界は実現の方法がまだ詰められていないなどと指摘している。

トルコが難色

NATOはその70余年の歴史において必ずしも一枚岩ではなかった。特に「自国第一主義」を唱えてトランプ米大統領が米国の利益を最優先した、2010年代後半には亀裂が表面化した。トランプ氏は欧州諸国に対して国防費を国内総生産(GDP)比2%以上の水準にまで引き上げるよう要求。聞き入れられない場合の米国のNATO脱退さえほのめかしたことさえある。こうしたが状況をフランスのマクロン大統領ははNATOの「脳死状態」と形容し、嘆いてみせた。

2022年2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、ロシアのプーチン大統領の希望的観測とは裏腹にNATOでは米欧間、欧州諸国間で不協和音は聞かれず、一致団結を維持してきた。

ところが、NATO加盟国であるトルコはフィンランドとスウェーデンのNATO加盟に難色を示している。トルコはテロ組織と指定するクルド人武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)を北欧2カ国が支援していると主張。クルド人はトルコの人口の約二割を占るが、独自の言語、文化を有し、分離独立を目指している。PKKについては、米国とEUはテロ組織に指定している。

トルコの真意は加盟の阻止ではなく、安全保障上の理由から米国に拒否されているF35戦闘機の購入を実現することだとの見方もある。

利敵行為?

EUにおける対ロ石油禁輸の問題は一応決着をみた。今後、注目されるのはトルコが北欧2カ国のNATO加盟への反対を取り下げるかどうかという点だ。もしトルコが反対を貫くのであれば、NATO内の団結は損なわれ、かえってロシアを利する可能性もあり、NATOにとって正念場だ。

(了)

トップ写真:スロバキアのスロブナフト製油所。ドルジバパイプラインにてロシアからの石油を精製している。(2022年5月31日、スロバキア・ブラチスラバ) 出典:Photo by Zuzana Gogova/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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