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.経済  投稿日:2022/9/23

世界エネルギー危機の犯人は脱炭素か否かという論争


杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

「杉山大志の合理的な環境主義」

【まとめ】

・IEAファティ・ビロル事務局長、「エネルギー危機はクリーンエネルギー政策のせいではない」なととする論考発表。

・一方、マンハッタン研究所のマーク・ミルズ氏は「ヨーロッパはエネルギー戦争に負けている」とした。

・安価なロシアの化石燃料が失われ、欧州のエネルギーは世界一高コスト構造になった。いつまでも高価なクリーンエネルギー投資を続けることができるとは思えない。

 

いまの世界のエネルギー危機は、欧州のネットゼロ政策が招いたものなのか?興味深い論争があったので紹介しよう。

国際エネルギー機関IEAファティ・ビロル事務局長は、ニュースレターで、「エネルギー危機に関する誤った言説を否定する」として、以下のように3点にわたり述べている。これは、同氏がフィナンシャル・タイムズに書いた記事を紹介したものだ。

(以下引用)

第一の誤った言説は、「ロシアがエネルギー戦争に勝っている」というものである。ロシアはウクライナ侵攻によって引き起こされた石油・ガス価格の高騰で利益を得たかもしれないが、輸出収入の増加による短期的な利益は、長期的な信頼と市場の喪失によって相殺されてしまう。モスクワは最大の顧客である欧州連合を疎外し、石油・ガス部門への制裁は重要な技術へのアクセスを断ち、将来の資源開発能力に打撃を与えるだろう。

第二の誤った言説は、「いまの世界エネルギー危機はクリーンエネルギーの招いた危機である」というものだ。欧州のエネルギー政策担当者はクリーンエネルギーに頼りすぎだという文句は言っていない。それどころか、太陽光発電や風力発電、エネルギー効率化などにもっと早く取り組めばよかったと後悔している。今日の世界的なエネルギー危機をクリーンエネルギーや気候変動対策のせいにするのは、意図的であろうとなかろうと、真犯人であるガス供給不足とロシアからスポットライトを遠ざけることになる。

3つ目の誤った言説は、「現在のエネルギー危機が気候変動への取り組みを後退させる」というものだ。しかし、今日の危機は、化石燃料への依存が持続不可能であることを思い起こさせるものであり、よりクリーンで安価、かつ安全なエネルギーシステムへと迅速に移行するための重要な転機となり得る。米国のインフレ抑制法(IRA)、欧州の REPowerEUパッケージ、そして他の主要経済国による行動は、クリーンエネルギーの利用に対する機運が高まっていることの明確な証拠だ。

今後、特に冬にかけては厳しい試練が待っている。しかし、冬の後には春がやってくる。1970年代のオイルショックは、エネルギー効率、原子力発電、太陽光発電、風力発電の重要な進歩に拍車をかけた。

(引用おわり)

これに対して、マンハッタン研究所のマーク・ミルズ「ヨーロッパはエネルギー戦争に負けている」という論文において以下のように反論している。

(以下、引用)

多くの欧州の政策立案者がまだ理解していない、あるいは認めていないのは、ここ数十年のエネルギー政策は、ロシアからの安価な在来型化石燃料に大量に依存することではじめて可能になった、ということだ。ロシアからの安価な在来型化石燃料に依存することで、欧州はエネルギー集約型の重要な産業を継続しつつも、国内の在来型エネルギー供給を停止することができた。そして、このロシアからの低コストの輸入のおかげで、直接的にも間接的にも、2~3兆ドルもの資金を太陽光、風力、バッテリーに費やすことができたのだ。

こうしたエネルギー政策がどのような帰結をもたらすかということは、ロシアがウクライナに侵攻する前に、すでに露呈していた。原油価格は侵攻前にすでに1バレル=100ドル台になっていた。天然ガスや電気料金も、2021年末に北欧で1週間にわたり風が停滞すると、同様に1,000パーセントの高騰を記録した。

ビロル氏は、2つの点で間違っており、3つ目の点で見当違いをしている。

第1に、ビロル氏はまず、エネルギー戦争に勝つどころか、「モスクワはEUを遠ざけ、長期的な互恵関係を失うことで、自らに損害を及ぼしている」と主張する。しかし、中国やインドから多くのアフリカ諸国まで、世界の他の多くの国は、そのような「損害」とは無関係であり、ロシアの商品を安く買うことで、むしろその果実を享受している。ロシアはまた、銅、ニッケル、アルミニウムなど多くの重要な鉱物の主要な(しばしばトップ3に入る)生産国でもある。

第2に、ビロル氏は、「今日の世界的なエネルギー危機はクリーンエネルギーの危機だ」と主張するのは「不合理」であり、彼が話をしたリーダーたちは「太陽光発電所や風力発電所の建設にもっと早く着手していればよかった」と後悔していると書いている。確かにそう考える人もいるだろうが、欧州の電力網や産業は化石燃料なしには成り立たないという厳然たる事実がある。いまの欧州の最大の懸案事項は「誰がどの程度の価格で化石燃料を供給してくれるか」とうことだ。

第3に、ビロル氏は、エネルギー危機が気候政策にとって「大きな後退」になるとは思わないという。この点については、少なくとも、まだどうなるかは分からない。かりに暖冬になるとしても、ヨーロッパの産業基盤はダメージを受ける。欧州各国政府は、さらに大規模な補助金の投入や企業の国有化を検討している。これはこれまで欧州が取り組んできたことの大きな後退を意味することになる。このようなことをする代わりに、アメリカの強力な化石燃料産業の助力を仰ぎ、エネルギー供給に関する「正気を取り戻す」べきではないか。

(引用おわり)

もともとIEAはOPECに対抗して石油ショックのときに作られた組織であり、その元来の任務はエネルギー安全保障である。それが近年ではすっかり脱炭素一本槍になってしまっていて、エネルギー安全保障がおろそかになっていた。そこに勃発したのがいまのエネルギー危機である。ビロル事務局長は言わば「敗軍の将」なのだが、反省するのでもなく、「兵を語って」いる。IEAの最重要スポンサーである欧州諸国政府を代弁しているように感じる。

さて両者の主張を読んで読者はどう思われただろうか。筆者は、後者のマーク・ミルズの方に説得力を感じる。

欧州は脱炭素(ネットゼロ)の看板を掲げ続けており、太陽・風力・電気自動車などのクリーンエネルギー投資を倍加させる(ダブル・ダウン)としているが、安価なロシアの化石燃料が失われたいま、欧州のエネルギーはダントツで世界一の高コスト構造になった。エネルギー危機に起因するインフレが昂じ、企業や国民の資金繰り救済のために政府債務が膨らむ中にあって、いつまでも高価なクリーンエネルギー投資を続けることができるとは思えない。

トップ写真:シドニーエネルギーフォーラムで講演するIEAファイス・ビロル事務局長(2022年7月 12日、オーストラリア・シドニー) 出典:Photo by Brook Mitchell/Getty Images




この記事を書いた人
杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

【学歴】


1991年 東京大学 理学部物理学科卒業


1993年 東京大学大学院 工学研究科物理工学修士了


【職歴】


1993年~2017年 財団法人 電力中央研究所


1995年~1997年 国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員


2017年~2018年 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員


2019年~ 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


2019年~ 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授

杉山大志

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