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.国際  投稿日:2022/8/9

ASEAN、ミャンマーに強硬姿勢


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・軍政が続くミャンマーに対し、ASEANは軍政関係者を「ミャンマー代表」として招かず、事実上排除することを決めた.

・ASEANは伝統的に「満場一致」「内政不干渉」を掲げてきたが、ミャンマー軍政の現在の状況への対処はASEANとして新たな地域連合の在り方を示したもの。

・「5項目の合意」は「武力行使の即時停止」「ASEAN特使と全ての関係者との面会」などから成り、その後のASEANによるミャンマー問題への仲介・調停工作の基本となっている。

 

カンボジアプノンペンで8月3日から6日まで開催されていた東南アジア諸国連合(ASEAN外相会議は、軍政による強権政治が続くメンバー国のミャンマーに対し

「今後事態の改善が見込まれない限り軍政の代表を招待することはない」としてASEAN関連各種会議への軍政関係者を「ミャンマー代表」として招かず、事実上排除することを決めた。

これにより11月にインドネシア・バリ島で開催予定のG20に前後して開催される予定のASEAN首脳会議への軍政トップであるミン・アウン・フライン国軍司令官の不参加が確定的となった。

今回の外相会議からもミャンマーの軍政代表は排除されており、ASEANのミャンマーへの姿勢はこれまでの一部メンバー国による融和政策との駆け引きから一転して厳しい対応を一致してとることになった。

ASEANは伝統的に「満場一致」「内政不干渉」を掲げてきたが、ミャンマー軍政の現在の状況はこの原則すらも適用外とするもので今回の外相会議は「ミャンマー内政に堂々と干渉」して、されに「ミャンマー欠席の場」で決められるなど、ASEANとして新たな地域連合の在り方を示したものとして注目されている

こうしたASEANとしての姿勢転換の背景にはミャンマー問題に対して強い姿勢を示すマレーシア、シンガポール、インドネシア、ブルネイ、フィリピンに対し、融和的なカンボジア、ラオス、ベトナム、タイと温度差があったのを今回の外相会議では一気に「厳しい姿勢」へと舵を切り、とりあえずまとまることができたのだった。

■民主派死刑囚への死刑執行が契機

この姿勢転換には7月23日に逮捕されていた民主派の政治犯4人に対する死刑を軍政が国際世論の「執行中止」を求める声を無視して執行したことが大きな要因となっているとされている

死刑執行にはASEANの今年の議長国であるカンボジアのフンセン首相も軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官に書簡を送って「ASEANによるこれまでの仲介に向けた外交努力に水を差す結果となるだろう」と警告していた。

それまでカンボジアは「対面での協議で事態打開を」とカンボジアで開催したASEAN国防相会議に軍政関係者の出席を認めるなどミャンマーに極めて融和的な姿勢を示し、ミャンマーにとってはASEAN内の「よき理解者」と認識されていた。

ASEAN特使でもあるカンボジアのプラク・ソコン外相のミャンマー訪問も複数回受け入れて会談に臨むなど、軍政には「御しやすい相手」だったことも事実だが、それを死刑執行が一変させたのだった。

3日の外相会議でフンセン首相は議長国首脳として冒頭演説し「全てのASEAN加盟国が(死刑執行の)失望した。今後再び死刑が執行されれば合意に対する我々の立場を見直すことも考えざるを得ない」と述べた。

フンセン首相が言及した「合意」とは2021年4月にインドネシア・ジャカルタで開催されたミン・アウン・フライン国軍司令官も出席したASEAN緊急首脳会議で合意した議長声明の「5項目の合意」を示す。

「5項目の合意」は「武力行使の即時停止」「ASEAN特使と全ての関係者との面会」などから成り、その後のASEANによるミャンマー問題への仲介・調停工作の基本となっている。

しかしミャンマー軍政は「武装市民から攻撃を受けている」「裁判の被告であるアウン・サン・スー・チーなど刑事被告人との面会をみとめる国などない」として合意履行を

拒否。死刑執行に関しても「法に従っただけである」と聞く耳を持たず、ASEANとの関係は最悪の状態となっていた。

■ASEAN特使ミャンマー訪問へ

こうした中ASEAN特使のカンボジアのソコン外相は8月7日、9月上旬にもミャンマーを訪問する予定であることを明らかにした。ソコン外相は今年3月、6月にもミャンマーを訪問しており、実現すれば2022年中に3度目の訪問となる。

ソコン外相は「ミャンマーを見捨てることはない」との立場を示しながらも「5項目合意は履行される必要がある」とも強調。

さらに再び政治犯の死刑が執行された場合はミャンマー訪問を取りやめる方針も明らかにし、軍政に対して事態打開への歩み寄りを求めている。

ASEAN外相会議ではマレーシア、シンガポール、インドネシアなどの対ミャンマー強硬国を中心に「今後仲介・調停工作で進展がなければASEANはミャンマーに対する立場を再検討する必要がある」との主張を反映してこれが一致した見解となった。

こうしたASEANの対ミャンマー強硬方針への転換に対し軍政は5日に声明を出し、「ASEANはミャンマー問題に干渉したり、反軍姿勢のテロリストに関与したりするべきではない。全ての加盟国の権利を尊重し、政府転覆や干渉、強要を控えるべきだ」と反論しているが、「5項目の合意履行」や「死刑執行中止」というASEANの要求にはなんら具体的には反論していない。

9月上旬とされるASEAN特使のソコン外相によるミャンマー訪問が実現した場合、ASEANとしてどこまで軍政に強気の姿勢を貫けるか、さらにそれに対する軍の対応に大きな注目が集まっている。

トップ写真:第20回ASEAN会議の様子(2018年11月14日) 出典:Photo by Ore Huiying/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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