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.国際  投稿日:2022/7/1

「スー・チーさん刑務所移送に反対」


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ミャンマー軍事政権がアウン・サン・スー・チー氏をネピドーにある刑務所の独房に移送させ、人権団体や民主派組織などから反対の声が上がる。

・ASEAN特使と軍政と戦闘状態にない少数民族武装勢力との面会は、調停和解の基本となる「5項目の合意」に照らせば、一歩前進と言える。

・ ミャンマー軍政は唯一の後ろ盾とされる中国頼みの政権運営となっており、ますます国際的な孤立が深まっている。

 

ミャンマー軍事政権が民主政府の実質的指導者で裁判の被告として首都ヤンゴンの自宅軟禁状態にあったアウン・サン・スー・チー氏をネピドーにある刑務所の独房に移送させたことが6月22日に明らかになり、人権団体や民主派組織などから一斉に反対の声が上がっている。

そんな中東南アジア諸国連合(ASEAN)の特使がミャンマーを訪問、重ねてスー・チーさんを刑務所から自宅へ戻すことを要請した。

 しかし軍政は今回もASEAN特使とスー・チーさんとの面会を許可せず、自宅への移送要求も実現しなかったため、ASEANとしてのミャンマー問題への仲介・和解交渉も暗礁に乗り上げた形となっている。

写真)ヤンゴンにて市民がアウン・サン・スー・チー氏の解放を求めるデモの様子。2021年2月10日。

出典)Photo by Hkun Lat/Getty Images

★ASEAN特使のヤンゴン訪問

 2022年のASEAN議長国であるカンボジアのプラク・ソコン外相は6月29日からヤンゴンを訪問し、軍政幹部との会談でスー・チーさんの刑務所から軟禁状態にあった自宅に戻すように訴えるとともに、即時の武力行使停止、全ての関係者との面会などを求めたがこれまでのところいずれも拒否されたという。

 プラク・ソコン外相は5月に続いて2回目のミャンマー訪問となるが、実質的な成果を上げられない状況が続いている。

 ASEANは2021年2月1日の軍によるクーデター発生直後から非難を繰り返す一方で地域連合体として和平仲介・調停に乗り出した。その結果インドネシアなどの主導で4月にASEAN臨時首脳会議のジャカルタでの開催に漕ぎつけ、軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官も対面の会議に出席しての意見交換を実現させた。

 この会議でミャンマーを含む全メンバーが合意した議長声明「5項目の合意」がその後の調停和解の基本となっている。

 「5項目」には「武力行使の即時停止」「全ての関係者との面会」が含まれているが軍政は「武装市民らの戦闘行為が治安を乱している」「裁判の被告人との面会を認める国などない」などとして戦闘停止やスー・チーさんらの民主政府要人との面会を拒否しているのだ。

★少数民族武装勢力との面会

 ASEAN議長国カンボジアのフンセン首相もミャンマー問題でなんとか和平に向けた道筋を見出そうと2022年1月にミャンマーを訪問してミン・アウン・フライン国軍司令官と直接会談、5月にはオンラインで会談している。

 しかし事態の打開にはつながらず、逆にフンセン首相は今後のASEAN関連会議に参加を拒否されているミャンマー軍政の関係者を出席させての「直接の面談が必要」として招待する方針を示し、他のASEAN国から反発を招く事態となっている。

 こうした中少しでも事態打開を狙うASEAN特使のプラク・ソコン外相は7月3日までの滞在中にミャンマー国内の少数民族武装勢力のうちこれまでにミン・アウン・フライン国軍司令官と直接会談して停戦交渉に応じたり、停戦協定に署名したりした組織と面会する予定という。いずれの組織も現在は軍と戦闘状態にはない。

 北部カチン州や中東部カヤー州、西部チン州の「カチン独立軍(KIA)」「カレン民族解放軍(KNLA)」「チン民族戦線」などは武装市民組織である「国民防衛隊(PDF)」と協力して軍との戦闘を続けている。

 今回のASEAN特使と軍政と戦闘状態にない少数民族武装勢力との面会は「5項目の合意」に照らせば、1歩前進といえるかもしれない。

しかしASEANが求めている「全ての関係者」にはスー・チーさんをはじめとする民主派のPDF、その上部組織で民主政権幹部や関係者などによる抵抗組織である「国家統一政府(NUG)」のメンバーなど軍政と対立する関係者との面会の実現には程遠い状況といえ、和平仲介工作は行き詰まっている。

★民主派への死刑執行方針への反発も無視

 軍政は6月16日に逮捕されている死刑囚の民主活動家4人への死刑執行方針を明らかにした。これには国際世論と同時にASEANも今後の交渉が完全に行き詰まることを懸念して議長国カンボジアのフンセン首相が10日にミン・アウン・フライン国軍司令官に書簡を送り中止を求めた。

 しかし軍政はこれまでのところこうした各方面からの死刑執行中止には応えておらず、依然として約30年ぶりとなる司法制度上での死刑執行の可能性が残っている状況だ。

 ミャンマー軍政はこのように国際社会や人権団体、ASEANによる各種の和平に向けた動きあるいは人権侵害状況の改善要求などの働きかけを無視する姿勢を続けている。

 ミャンマー軍政は唯一の後ろ盾とされる中国頼みの政権運営となっており、ますます国際的な孤立が深まる状態となっており、民主派による抵抗運動は終わりの見えない状況となっている。

トップ写真:第33回ASEANフォーラムにて演説を行うアウン・サン・スー・チー氏2018年11月12日

出典:Photo by Ore Huiying/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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