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.国際  投稿日:2022/6/20

ミャンマー軍政、民主派死刑執行宣言


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ミャンマーの軍政が民主派の国会議員や活動家ら4人の死刑執行方針を表明した。

・ミャンマーは30年以上死刑執行がなく、この時期の執行表明は収まらない反軍政の抵抗運動や戦闘へのけん制か。

・刑務所側は執行命令は「受けていない」と明らかに。国内外からの中止要請を無視して軍政は死刑を執行するのか。

 

ミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍政は、反軍政を掲げて活動した元国会議員や民主活動ら4人に対して死刑を執行することを表明した。この表明に対して国内外から批判や反対論が噴出しているが、軍政側は6月16日に改めて死刑執行を実行すると表明した。

一方4人が服役しているとみられる中心都市ヤンゴンにあるインセイン刑務所関係者は死刑執行に関するいかなる命令書も受け取っていない、として現段階での死刑執行に否定的見解を示している。

1990年以降司法手続きに基づく死刑が執行されていないミャンマーで、2021年2月1日の軍によるクーデター以降、反軍政、民主化復帰を求める集会やデモ、さらに市民の武装組織「国民防衛隊(PDF」として武装抵抗を続けて当局に逮捕され、裁判で死刑判決を受けて服役中の人は未成年者を含む73人であるが、これまでに死刑は執行されていない。

軍政が実際に4人に対して死刑を執行するか予断を許さない状況だが、この時期に死刑執行を表明した背景にはクーデターからすでに1年4か月が過ぎても未だに国内の治安状況は安定せず、全土で反軍政の抵抗運動や戦闘が続いていることに焦燥感を募らせ、民主活動家の死刑執行をちらつかせることで、抵抗勢力の活動が鎮静化し治安回復を図りたいとの思惑があるとみられている。

■ 2度にわたる死刑執行の表明

今回軍政側が死刑執行を予定しているのは、クーデター発生と同時に身柄を拘束され、現在は10以上の容疑で訴追され裁判の被告となっている民主政権の指導者だったアウン・サン・スー・チーさんの政党「国民民主連盟(NLD)」の国会議員だったコー・ピョ・ゼヤ・トー氏と、著名な民主化運動の活動家チョー・ミン・ユー(愛称ジミー・コー)氏ら4人で、トー氏とジミー・コー氏は反軍政活動で国家の安定を損ねたなどの容疑ですでに裁判所から死刑判決を受けている。

▲写真 ミャンマーでの反軍政集会(2021年3月2日 ヤンゴン) 出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images

ミャンマーの司法、裁判官、検察官はいずれも軍政の指導下にあることから公平で公正な裁判が実質的に不可能な状況となっている。トー氏とジミー・コー氏も共に上級裁判所に上訴したが却下され、反テロリズムの容疑で死刑判決が確定している。

4人のうち残る2人はヤンゴン近郊で民主活動の情報を治安当局に通報していた「女性スパイ」を殺害して逮捕され、死刑判決を受けている。元国会議員のトー氏とジミー・コー氏は反軍政運動の象徴で知名度も高いが、この2人、フラ・ミョ・アウン氏とアウン・トゥラ・ゾー氏が共に死刑執行の予定者になぜ加えられたのかは不明という。

軍政がクーデター後に設置した国家統治評議会(SAC)の報道官は6月3日に報道陣に4人の死刑執行方針を明らかにし、ゾー・ミン・トゥン国軍報道官も「2人を含む4人の死刑判決囚は刑務所の手続きに従って絞首刑に処せられる」と述べて死刑執行方針が軍政の方針でもあることを重ねて強調した。

ゾー報道官は死刑執行の日取りなどは明らかにしていない。

国際世論から批判と反対

その後国連や欧米、国際的人権団体などからの死刑執行中止を求め軍政を批判する声が一気に広まった。

ミャンマーも加盟する東南アジア諸国連合(ASEANA)の今年の議長国であるカンボジアのフンセン首相もミン・アウン・フライン国軍司令官に書簡を送り「死刑執行は国際社会の大きな批判を浴び、国内に禍根を残すことになる」と警告した。

▲写真 カンボジアのフン・セン首相 出典:Photo by Ng Han Guan – Pool/Getty Images

そして16日に軍政のSACが首都ネピドーで開いた記者会見で「今でも死刑制度を維持している国は数多くある。法の支配強化のためにも死刑は執行されなければならない」と述べ、再度「4人の死刑執行方針」を改めて表明したのだった。

東京でも6月17日に外務省前に在日ミャンマー人や支援者が集まり死刑執行中止を訴えた。

こうした内外の反対の動きに対して軍政が一切の要求を拒否して「死刑執行方針を変えない」との強い姿勢を16日の記者会見は示したものとみられている。

刑務所側は「執行の命令は一切ない」

こうした軍政による度重なる「死刑執行表明」だが、4人が収監されているというヤンゴンのインセイン刑務所を管轄する刑務所局の報道官は地元メディアに対して「死刑執行に関するいかなる提案、通知、命令も受け取っていない」と述べたうえで16日朝にも4人の死刑が執行されるという刑務所内外での噂に関して「噂は真実ではない」と否定した。同報道官は4人がどの刑務所に収監されているかはわからないと述べた。

国際社会は軍政が反対の大合唱の中、本当に4人に対する死刑を執行するのか固唾を飲んで見守っている。

トップ写真:靴が置かれたミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官の写真。「恥を知れ、独裁者」と書かれている。(2021年2月21日 東京) 出典:Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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