海外資産の噂を懸命に否定する中国共産党
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・SNS上で再び「中国人100人がスイス銀行に7兆8000億元、預金している」という噂がネットユーザーの間で広まっている。
・福建省当局はその「デマ」を検証し、ネットの噂は事実ではないと打ち消した。
・スイス連邦経済事務局のイネイヘン・フライシュ局長が、仮に台湾海峡情勢が変化すれば、EUの制裁に従うと明言した事と関連があるのではないか。
SNS上で再び「中国人100人がスイス銀行に7兆8000億元(現在のレート<以下同様>で約156兆円)預金している」という噂がネットユーザーの間で広まっている(a)。もし、100人の中国人が「スイス銀行」に預金しているならば、その平均預金は780億元(約1兆5600億円)となるだろう。なお「スイス銀行」とは、UBSグループ(欧州最大の金融持株会社)のことである。
福建省当局はその「デマ」を検証し、ネットの噂は事実ではないと打ち消した。当局によれば、「2017年時点で、373人の中国人富豪の所有資産合計が約7兆8000億元であり、UBSへの預金だけではない。すべての資産をUBS預金だけと言うのは、明らかに不適切である。また373名が100名に置き換えられた。『デマ』はこうして捏造された」と説明している。
これに対し、海外在住の時事評論家、顔丹は、当局がこの時期に「デマ」の拡散防止に乗り出したのは、次の事と関連があるのではないか、と分析(b)している。
最近、スイス連邦経済事務局のイネイヘン・フライシュ局長が、仮に台湾海峡情勢が変化すれば、欧州連合(EU)の制裁に従うと明言した。
一説では、スイスの銀行が、ロシア資産凍結を決定したので、一部のロシア要人が焦っているという。欧米はスイスの銀行を利用して、一般のロシア人達に対ウクライナ戦争を反対させ、プーチン政権に圧力をかけようとしているのではないか。
一方、中国共産党は台湾の「武力統一」を叫び、同島への軍事的威嚇を行っている。前述の「ロシア」を「中国」に置き換えれば、同党を震撼させるに十分だろう。
そのため、2019年から中国国内を駆け巡った、例の「中国人100人が7兆8000億元をスイス銀行に預けている」という「デマ」に対し、3年経った今もなお、当局が神経を尖らせている理由がここにあるのかもしれない。
あくまで『WikiLeaks』によるとだが、中国共産党幹部らの「スイス銀行」口座総数は5000口に達し、その3分の2は中央レベルの高官(副首相から中央委員まで)の口座だという。
現在、その「スイス銀行」口座に資産を置いている同党幹部らは、ロシア・ウクライナ戦争を目の当たりにし、背筋が寒くなっているのではないだろうか。
したがって、中国も、いつか欧米からロシアと同様の制裁を受けるかもしれないという懸念から、海外資産を保護するための措置を講じていると報じられた(c)。
さて、2017年、香港の雑誌『争鳴』〔4月号〕(同年10月号で廃刊)が、欧米に隠された中国の海外資産は総額1兆5千億米ドル以上にのぼると報じた(d)。
1米ドル=6.85元で計算すると、海外には10兆2700億元(約205.4兆円)以上の資産が存在することになる。これは2016年のGDP(78兆元<約1560兆円>)の13%に相当するという。
欧米に隠された中国の主要資産とは、ホスト国の不動産、住宅、商業ビル、会社・企業、債券、口座資金などをいう。主な資金源と経路は以下の通りである。
(ⅰ)党や国家の幹部、家族、親族が事業で得た資金を長期的に蓄財。
(ⅱ)国有企業、民間企業、中外合弁企業の幹部とその家族が特権を利用してプロジェクトなどを請け負った資金。
(iii)中国人特権階級がマネーロンダリングを通じて海外へ送ったダーク・マネー。
(iv) 海外の中国系機関・地方政府機関、及び、その傘下企業幹部の富裕化。
(ⅴ)公務や海外駐在などの条件下で会社設立。
(ⅵ)移住や留学などによる資金・資本の海外流出。
この報告書では、中国特権階級の国別外国資産が暴露されている。
(1)アメリカ:5200億米ドル(約70.2兆円)
(2)カナダ:2000億米ドル(約27兆円)
(3)イギリス:1800億米ドル(約24.3兆円)
(4)フランス:1300億米ドル(約17兆5500億円)
(5)オーストラリア:1200億米ドル(約16.2兆円)
ちなみに、問題となっているスイスは360億米ドル(約4兆8600億円)である(総額が少な過ぎるのではないだろうか)。
ところで、鄧小平の長男、鄧樸方はかつて「中国には少なくとも17家族が数兆元の資産を持っている。同様に、数千億元の資産を持っている50家族いて、そのほとんどが勤勉で金持ちだから、嫉妬しないでほしい。能力があれば自分で稼ぐことができる」と述べた(e)という。
もし、これが本当だとしたら、報道された事柄はすべて真実かもしれない。
〔注〕
(a)『新浪財経』
「100人の中国人がスイス銀行に7.8兆元を預ける? 公式回答!」(2022年8月19日付)
(https://finance.sina.com.cn/world/gjcj/2022-08-19/doc-imizirav8772924.shtml)
(b)『万維動画』「何が中国共産党幹部たちの背筋を寒くさせるのか」
(2022年8月20日付)
(https://video.creaders.net/2022/08/20/2516973.html)
(c)『ビジネス・インサイダー』「米国が対ロシア式制裁を発動する恐れがある中、中国は海外資産の保護に努めているとの報道」(2022年5月1日付)
(https://www.businessinsider.com/china-protection-overseas-assets-us-sanctions-russia-2022-5)
(d)『阿波羅新聞網』「香港メディア、中国共産党特権層が10兆元資産海外隠匿を暴露、資金流出で中国経済に衝撃」(2017年4月27日付)
(https://www.aboluowang.com/2017/0427/920058.html)
(e)『中国瞭望』「鄧小平、陳儀の息子たちが数兆元儲け、習近平の顔面を引っ叩く」(2022年8月15日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/08/15/2515495.html)
トップ写真:UBSグループAGの本社ビル(2020年3月27日 ドイツのフランクフルト・アム・マイン)
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。