劉鶴副首相のダボス会議演説と中国経済
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・ダボス会議で劉副首相は中国の再開放、経済成長が正常に戻ることを言明。
・共産党による民間企業への過剰干渉=「国進民退」が続く中、中国経済全体の活気が失われる恐れ。
・米中関係の緊張や情報管理の重視、米による経済的デカップリングにより、国有企業が次々と米国市場から撤退している。
今年(2023年)1月17日、中国の劉鶴副首相が世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で特別演説を行った(a)。
劉副首相は中国の経済状況、特に不動産部門に関連する
(1)金融リスクの軽減に向けた取り組み
(2)「双循環経済」(国内循環を主体とし、国内と国際の2つの循環が相互に進展)
(3)「共同富裕」の推進
等を紹介した。
劉副首相は演説の中で「中国は再開放された」、「中国は戻ってきた」というシグナルを世界に発信している(b)。また、中国は外資の回帰を歓迎するとし、改革が進み、習主席が進めたイデオロギー重視(「ゼロコロナ政策」)が終わったので、投資家は中国経済を楽観的に見るべきであると主張した。更に、2023年の中国の経済成長は「正常」に戻ると言明した。
だが、昨年、
(1)中国経済の構造的問題(混合所有制等)
(2)人口減少問題
(3)不動産市場の低迷
(4)米国の対中ハイテク分野への圧力
(5)中国共産党の過剰な影響力を懸念する投資家が増加する
等の理由で、同国経済は3%程度という成長にとどまった。そのため、欧米からは一部劉鶴演説に対する厳しい批判が出ている。
さて、今後、中国経済低迷につながるかもしれない具体的な2つの例を挙げたい。
第1に、最近、陝西省委員会組織部は25人の若い幹部を重点「非公有制企業」(=民間企業)に派遣する(c)という。彼らが取締役となって経営陣に合流する。
第2に、中国政府はテクノロジー企業の株式を買い占め、共産党が各社の議決権を獲得し、各社の決定に影響力を行使するという新しい戦略を採用(d)した(北京が「特別管理株式」を購入する)。
以上は、中国共産党が民間企業への干渉を如実に示す。習近平政権は、党が何か何でも私企業をコントロールしたいのだろう。ただし、一般的に、政治が経済へ過剰に干渉すれば、「国進民退」(効率の悪い国有セクターが拡大し、効率の良い民間セクターが縮小)となり、中国経済全体、活気が失われるだろう。
本来、「民進国退」こそ経済発展のカギではないか。だが、北京政府は、社会主義経済への“逆コース”を辿っている。これでは、中国経済の停滞は、火を見るよりも明らかだろう。
ところで、国有企業の中国東方航空と中国南方航空が、ニューヨーク証券取引所の上場廃止を申請し、米国市場からの撤退が報じられた(e)。
実は、すでにチャイナ・モバイル(中国移動通信)、チャイナ・ユニコム (中国聯合通信)、チャイナ・テレコム (中国電信)や中石油(中国石油天然気集団公司)、中石化(中国石油化工有限公司)、中国人寿保険、中国アルミニウム、上海石化(中国石化上海石油化工)などが、すでに米国市場から撤退している。
以下は、東方航空と南方航空の主な撤退理由と北京の主張である。
(1)米中関係の緊張は最も大きな障害であり、ワシントンはともすれば国家の力を動員して中国系企業を圧迫する。
(2)ここ数年、中国共産党は重要な情報管理を重視しているので、それらを対外的に公開できない。
(3)米国は無理に中国との経済的デカップリングをしようとしている。
そこで、北京は中国の資産を早期に移転して保全し、リスクを避ける。
(1)に関して、中国IT企業製品には、スパイウェアがしばしば埋め込まれていると言われる。当然、米国は北京による情報漏洩を警戒している。
(2)についてだが、マーケットは企業財務の透明性を求める(情報公開が原則)。しかし、中国共産党はその財務内容を隠蔽したがる傾向にあり、情報公開を逡巡しているのだろう。
(3)の米国が中国との経済的デカップリングしようとしている主な理由は、おそらく以下の2つではないか。
第1に、デカップリングしないで、中国経済が発展すると、米国の安全保障を脅かしかねない。将来、中国が米国を経済的・軍事的に凌駕し、世界的覇権を掌握しないとも限らないだろう。
第2に、現時点で、中国が世界的サプライチェーンの重要な一翼を担っている。ただ、同国の政治・経済が不安定だと、物品の流れに支障をきたす。米国はその点も危惧しているのではないだろうか。
〔注〕
(a)『新浪財経』「劉鶴はダボスフォーラムに出席、中国経済情勢、不動産リスクの解消、二酸化炭素目標、コロナ防疫などの議題について言及」(2023年1月18日付)
(https://finance.sina.com.cn/stock/usstock/c/2023-01-18/doc-imyaqraq5655890.shtml)
(b)『The Hill』「ダボス会議での中国の劉鶴副首相 すべての言葉は嘘だった」(2023年1月21日付)
(https://thehill.com/opinion/international/3821540-chinas-liu-he-at-davos-every-word-was-a-lie/)
(c)『早報』「陝西省委員会組織部は重点非公企業に駐在企業第1書記を選出して派遣」(2023年1月10日付)
(https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20230110-1351938)
(d)『中国瞭望』「習近平は決して彼の性質を変えることはありえない 本当に経済を救いたいなら彼を山から連れ出すのが最善だ」(2023年1月16日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/01/16/2567739.html)
(e)『中国瞭望』「中国の2大航空大手が上場廃止 その舞台裏の真相を把握せよ」(2023年1月14日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/01/14/2567081.html)
トップ写真:米中経済貿易協定の署名式での劉鶴氏とトランプ(2020年1月15日、アメリカ・ワシントンD.C.)出典:Photo by Mark Wilson/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。