無料会員募集中
.政治  投稿日:2022/9/20

安倍晋三氏を悼むアメリカ その4 積極的平和主義とは


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・戦後日本の「平和主義」は、憲法由来の「降伏主義」。安倍氏が打ち出した「積極的平和主義」は「降伏主義」を排除する意図があった。

・「平和安全法制」「特定秘密保護法」「国家安全保障会議」は、「国家」の概念が薄い、戦後日本の「異端」の解消。

・自国を守る目的の行動をとってはいけないというような政治風潮や行政組織の枠組みを変える。それが安倍氏が成しとげてきたこと。

 

安倍晋三氏が首相在任中に打ち出した「積極的平和主義」という言葉もこの種の日本の異端への認識に根ざしていたといえる。

戦後の日本では憲法の非戦の趣旨に呼応して平和主義という言葉が頻繁に叫ばれてきた。ふつうに考えれば、平和を愛する、重視するという考え方だろう。だが実際にはこの日本語には大きな誤解があった。

この言葉は英語のパシフィズム、Pacifismをそのまま翻訳した形だが、「平和主義」とすると実は誤訳になる。英語のPacifismというのは実は戦わないという主義を意味する。正確には反戦主義、あるいは無抵抗主義と呼ぶのが適切である。消極的平和主義とも呼べる。

国際関係の議論ではパシフィズムというとちょっとバカにされる場合が多い。外国からの軍事的な侵略や恫喝に対してなにもしない、という意味だからだ。降伏主義という意味に解釈されることもある。それが日本では平和主義と、いかにも平和愛好だけを指すように誤用される言葉となっていた。

安倍氏はこのあたりの状況もよく理解していた。だから首相在任中に「積極的平和主義」という言葉を日本の防衛の基礎として打ち出したことにも憲法に由来する降伏主義を排する意図があったのは明白だった。

安倍氏は日米同盟に日本が自国の防衛を依存するのであれば、ある程度の双務性は欠かせないと考えていた。日本は現行の憲法下では自国の領土領海の防衛を除いてはアメリカに対してなんの軍事協力もできないことになっていたからだ。

だから平和安全法制は日本はアメリカに助けられるだけでなく、アメリカを救うためのなんらかの行動をとれるようにせねばならない、という趣旨が基本の目的だった。

特定秘密保護法というのも日本の戦後の異端の解消だった。戦後の日本ではそもそも国家という概念が薄かった。だから国家秘密という概念も、その保護という概念もなかった。他の諸国なら不可欠とされるスパイ防止法的な規制がなかった。日米同盟でアメリカから取得した軍事機密を日本側で第三国に流しても、違法行為とはならないという時代が続いていた。それを安倍氏が是正したのだ。

写真)反安倍政権デモ。特定秘密保護法反対も主張。(2013年12月26日 首相官邸前)

出典)Photo by NurPhoto/Corbis via Getty Images

安倍氏の政治思考は、国家は国民とともにあるという基本だった。国民が国家のあり方を決める。それが民主主義だということだ。民主主義の国であれば国家と国民というのは同じであって、国民こそが国家を選ぶ国家の枠組みを作る。決して国家と国民というのは対峙する存在同士ではない。

ところが戦後の日本では国民の多くが国家という意識を持たない、あるいは国家は悪い存在だとみなす。となると国民は国のために何かをするという感覚が減っていく。国家のために個人の利益を脇においても何かをすることがない。日本という国を愛するという感覚もなくなる。  

逆に日本を愛するというと、右翼だとか軍国主義だというレッテルを貼られる。そういう状態が永く続いてきたわけである。

このあたりを安倍氏は変えていった。穏やかだが、核心は決して曲げないという方法で次々に変えていった。国家安全保障会議というのを初めて創設したのも安倍首相だった。その政策の実施組織として国家安全保障局を作った。それまで国家安全保障という概念が日本の政府の政策の中にはなかった。

独立国家であれば自分の国を守るという体制を作らなければならない。そのためには自国を守る目的の行動をとってはいけないのだというような政治風潮や行政組織の枠組みを変える。それが安倍晋三氏が成しとげてきたことだといえる。

その1その2その3。最終回につづく)

◎この記事は雑誌WILLの2022年10月号掲載の古森義久氏の論文「ワシントン報告 安倍元総理の死―悲嘆にくれるアメリカ」の転載です。

トップ写真:G7伊勢志摩サミットでの安倍首相(当時)と各国首脳(2016年5月26日 三重県志摩市)

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."