トランプ陣営の対日政策文書とは その4 アメリカとの核シェアリングをも
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・安倍晋三氏、2022年に「積極的平和主義」という戦略を追求し始めた。
・安倍氏は「核シェアリング」計画の日本導入を検討しようという提案を打ち上げた。
・また、クアッド(日米豪印戦略対話)の推進者でもあった。
アメリカ第一政策研究所(AFPI)の対日政策文書の全文紹介を続ける。
★ ★ ★ ★ ★
法律を柔軟に適用し、同盟を新構築する
安倍晋三氏は日米同盟こそが日本の安全保障の不可欠な保証だとする適切な認識を抱き、その同盟関係をさらに強化するためには日本がアメリカの同盟国としてこれまでよりも多くの貢献をすることが必要だと判断したといえる。安倍氏はその点について2022年春には以下のような認識を述べていた。
「アメリカはオバマ政権時代から米軍は世界の警察官として行動することはもうない、ということになったようだ。だが私はアメリカはそれでもなお世界での先導役を果たさなければならない、と信じている。とはいえ私たちは軍事的な事柄はみなアメリカに任せるという態度を変えねばならない。日本は平和や安定への責任を果たし、その目的を実現するためにはアメリカと共同の努力に最善を尽くさなければならないのだ」
安倍氏はこのとき、憲法上の制約や一定の政治勢力からの懐疑を苦痛なほどに意識して、法律上の漸進主義と「積極的平和主義」という戦略を追求し始めたのだ。2015年9月、日本の国会の参議院では自民党と公明党の連立勢力による多数派が憲法9条を事実上、薄める趣旨の一連の法律案を可決した。この法案は日本の自衛隊が日本の領土自体が直接の武力攻撃を受けてない状態でも、海外に出て、アメリカや他の同志国を支援することを可能にしていた。同時にこの法案の下では自衛隊が海外の国連平和維持活動にも参加することも認められることとなった。
2022年2月のロシアによるウクライナ侵略の後、安倍氏は北大西洋条約機構(NATO)の欧州側諸国がアメリカと結んでいる「核シェアリング」計画―核兵器の共同の管理―を日本にも導入することを検討しようという提案を打ち上げた。この提案は日本の非核3原則の保持や核拡散防止条約(NPT)への加盟という現実とも矛盾しかねないという側面もあったが、安倍氏は十分にそのことを知りながら、検討案を提起したのだった。この核シェアリングとはアメリカの核兵器を日本領土に配備し、最悪の事態でのその核兵器の使用に関してはその決定プロセスに日本も積極的に加わる、という構想である。
安倍氏は同時に同盟のような安保上の協力を他の有志諸国との間でも新たに構築し、拡大された安全保障上の目標を達成するという作業にも優れた才能を示した。その典型例は「自由で開かれたインド太平洋」だった。国際的に大人気を集めたこの政策標語はアジア太平洋地域で中国共産党政権の有害な影響力の拡大を防ぐという、安倍氏自身の年来の狙いに基づいていた。
安倍氏はアメリカ、日本、オーストラリア、インドの4ヵ国による安全保障協力対話であるクアッドの最大の推進者でもあった。安倍氏は当初、この4ヵ国の協力網を「アジアの民主主義安全保障のダイアモンド」とも呼んでいた。
安倍氏はとくにインドをこの戦略的構図のなかに導入したことを高く評価された。インドは中国のすぐ西側に位置して、その巨大な人口、増強される軍事力、そして経済の重みによって中国に対する抑止となりうるからである。安倍氏は当時の「ダイアモンド」と題した論文で「太平洋の平和、安定、航行の自由はインド洋の平和、安定、航行の自由と切り離すことはできない」と論じていた。
クアッド(日米豪印戦略対話)はまだ公式の同盟ではない。だが中国はその潜在的な力の強さを認め、「アジア版NATO」だとも喧伝している。アメリカ、日本、オーストラリア、インドの4ヵ国の海軍は2020年11月には大規模な合同訓練を実施した。また2022年5月にはクアッドは中国に脅威を受ける地域の諸国の領海と排他的経済水域(EEZ)を防衛するための海洋監視プログラムを発足させることを発表した。その方法は中国共産党政権の攻撃的かつ破壊的な大規模の民兵漁船団を主に商業的な人工衛星を使って監視することだった。
日本は2022年にはスペインでのNATO首脳会議に参加して、日本の新たなグローバル規模の安全保障への関心を明示し、世界でも最大級の防衛同盟であるNATOへの注視の姿勢をみせたのだった。
トップ写真:QUAD日米豪印首脳会合 左から、豪州のアルバニージー首相、米国のバイデン大統領、岸田首相、インドのモディ首相(2022年5月24日東京都千代田区首相官邸)出典:首相官邸
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。