インドの「多面」外交
植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
【まとめ】
・インドはロシアと経済的に密着な関係性にあるため積極的なロシア制裁には協力していないが、一方で西側諸国との関係も維持している。
・最大の民主主義国家であるインドに対して、米国やEUも関係強化に力を注いでいる。
・対インド外交を進めるには、インドの「多面」外交のしたたかさも念頭に億必要がある。
インドのモディ首相は、9月16日ウズベキスタンのサマルカンドで開催された上海協力機構(SCO)に合わせて行われたロシアのプーチン大統領に対し、「今は戦争のときではない」として、早期停戦を求めた。この発言は、ロシアのウクライナでの戦争を批判的に捉えたものとして注目されたが、長年非同盟諸国のリーダーだったインドのしたたかな「多面」外交を表すものでもあった。
インドは、長年ロシアから武器を購入しており、その額は過去10年間で250億ドル以上と言われており、米国からの40億ドルをはるかに超えている。ロシアからの石油の輸入は中国に次ぐ量となっており、ウクライナ戦争の煽りを受けて石油だけでなく肥料などの価格も高騰した結果、インドの経済にも影響が出ている。モディ首相はロシアに対し肥料の輸入を8倍以上に増やすことを要請し、ロシアはこれに答えるべく貿易を増やしていると、プーチン大統領はモディ首相に伝えた。
西側諸国のロシア経済制裁にインドは協力せず、国連のロシア非難決議にもインドは棄権した。一方、5月に開催された日米豪印の「クワッド」会合には参加し、「自由で開かれたインド太平洋」を推進するメンバーとして、西側諸国との関係を維持している。
米国やEUもインドとの関係強化には力を入れ始めており、中長期的対中戦略での重要な柱と位置付けている。日本も、強大化する中国を念頭に「クワッド」構想を立ち上げた。インドは世界で最大の民主主義国家であり、自由、民主主義、法の支配といった価値を共有する国でもあり、さらに人口も中国を超える勢いである。インド洋の要の国でもあり、戦略的にも西側諸国にとって極めて重要である。
米国は、インドのロシアへの武器依存を削減しようとインドへのアプローチを強化し始めている。インドがロシアからSー400ミサイル防衛システムを導入する決定にも大きな反対はしなかった。トルコが同様のシステムを購入した時には強い反対の立場を表明したことと比べると、米国の対インド政策の違いがわかる。インドの武器の85パーセントはロシア製と言われているが、ウクライナでの戦争でも米国の武器の性能は高く、インドにとっても魅力的なものである。自国内での武器製造能力も高めてはいるもののまだ外国への依存度は高い。ただ、インドもロシアへの武器依存を少なくし始めており、中国への対抗意識もあり、西側との関係強化にも力を注いでいる。
インドをどの程度西側諸国に引き入れられるかについてはまだ明確な答えはない。インドはモディ首相の下で独自のナショナリズムの意識を高めており、非同盟の歴史を踏まえて独自の外交を展開している。対インド外交を進める上で、インドの「多面」外交のしたたかさも念頭におく必要がある。
トップ写真:2022年9月16日にウズベキスタンで開催された上海協力機構首脳会議に出席したプーチン大統領との階段を終えたインドのナレンドラ・モディ首相 出典:Photo by Contributor/Getty Images
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。