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.国際  投稿日:2021/9/30

米英豪新安保協力の評価分かれるASEAN


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・「AUKUS」巡り、ASEAN各国で評価・対応分かれる。

ASEAN諸国は経済的に中国と密接な関係にあり、軍事的な緊張はなんとしても避けたいのが本音。

・日米豪印は、ASEANの事情を認識した上で、事前通告なしに新たな軍事的側面の濃い枠組み創設に踏み切ったのでは。

 

米英豪による新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」を巡って東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の間で評価、対応が分かれ温度差が生じている。

9月15日に創設されたAUKUSは、日米豪印による「Quad=Quadrilateral Security Dialogue:クアッド」が目指す「自由で開かれたインド太平洋」と同様に、中国の一方的な海洋権益の拡大抑制を狙ったもので、インド洋、太平洋そして南シナ海がその対象海域として含まれ、米英豪などの海軍艦艇や航空機などによるいわゆる「自由な航行作戦」や共同演習などが実施され、中国への牽制を強めている。

ただ、「クアッド」にしても「AUKUS」にしても南シナ海で中国との間で領有権問題を抱えるASEAN加盟国に事前に通告や相談があった訳ではないとされ、「直接の当事者を無視した枠組みの創設」であるとして、ASEANの中には「不信感」を示す国も出ているのも事実だ。

南シナ海では南沙諸島海域や西沙諸島海域でフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイが中国との間で領有権問題を抱え、インドネシアは南シナ海南端のインドネシア領ナツナ諸島北方海域のインドネシアの排他的経済水域(EEZ)に対して中国が一方的に海洋権益を主張する事態となっている。

▲写真 オーストラリア海軍のコリンズ級潜水艦HMASランキン オーストラリア海軍とインド海軍の間で隔年でダーウィンで行われる海上演習AUSINDEX21にて(2021年9月5日) 出典:Photo by POIS Yuri Ramsey/Australian Defence Force via Getty Images

■インドネシアなどが懸念表明

AUKUS創設で豪が米英の協力で原潜保有方針を示したことなどを受けてインドネシアのルトノ・マルスディ外相は17日に豪に対して核拡散防止条約の順守を求めると同時に「域内での軍拡競争と戦力展開を深く懸念する」との立場を表明。マレーシアのイスマイル・サブリ首相はモリソン豪首相と電話会談して「南シナ海で他国による攻撃的行動を挑発するのではないか」と中国への名指しを避けながらも南シナ海での今後の緊張拡大への警戒感を示した。

マレーシアは東部ボルネオ島沖の海底地下資源開発海域に中国軍機が複数回接近し、抗議する事態が続いており、中国への警戒心が高まっているという現実がある。

一方フィリピンは17日にロレンザーナ国防相が豪のダットン国防相に電話で「フィリピンは域内全ての国と良好な関係を維持したい」と中立的な立場を示した。ベトナムは20日に中部カムラン港に豪海軍艦艇を迎え、「両国海軍の協力強化を進めたい」(ベトナム軍当局者)としてAUKUSにある程度の理解を示した。

これはベトナムが南シナ海で中国の軍用機や艦艇による「示威行動」にしばしば抗議するという事態に直面していることから、中国への抑止力として「クアッド」や「AUKUS」という枠組みによる大国の影響力を利用したいとの「したたかな計算」があるとみられている。

■シンガポールは歓迎

こうした中シンガポールのビビアン・バラクリシュナリ外相は9月29日まで4日間米ワシントンを訪問して、ブリンケン国務相、国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官カート・キャンベル氏、議会関係者などと会談して、「米のさらなる地域への関与を歓迎し、関係強化を図りたい」と米などによる南シナ海を含むインド太平洋海域でのプレゼンス強化、拡大を歓迎する姿勢を表明した。

シンガポールは、中国とは直接の領有権問題を抱えていないものの、以前から中東・インド洋と太平洋を行き来する米海軍艦艇の「寄港地」となっており、米とは密接な関係を維持し続けている。

■温度差でまとまらないASEAN

このようにASEAN内ではAUKUSや「クアッド」に強い懸念を示しているインドネシアとマレーシア、中立的な立場のフィリピン、ベトナム、歓迎の立場のシンガポール、反応がなく無関心と思われるブルネイと各国で立場も考え方も異なっている。

ただいずれのASEANの国も経済的には中国と密接な関係にあることから、そうした側面も重視せざるを得ない状況にあり、軍事的に緊張感が今後高まるような事態はなんとしても避けたいのが本音であることは間違いない。

そうした本音やASEANの不文律である「満場一致」の原則から域内連合体としてのASEANが、AUKUSや「クアッド」に対して一致団結して一定の方向性や決議を集約することは各国の間の温度差が激しいことからも困難とみられている。

それはASEANが対中国で一致して強い姿勢や名指しの批判ができないジレンマや軍政による民主政権打倒のクーデターで国民への圧制と人権侵害が深刻なミャンマー情勢への「実効性のある介入や仲介」で足並みが揃わないのと同じ構造の所産ともいえる。

こうした直面するいくつもの域内の課題に対して、連合体であるASEANとしての存在意義が問われる事態とかねてから何度も指摘されながらも、結局は「打つ手なし」という現状に甘んじるしかない状況が続いている。

おそらくはAUKUSの米英豪や「クアッド」の日米豪印といった各国は、こうしたASEANが内包する「軛(くびき)」を十分認識した上で「事前通告や了解」なしで新たな軍事的側面の濃い枠組みの創設に踏み切ったのではないだろうか、との憶測にはかなりの説得力がある。

トップ写真:米オースティン国防長官は、オーストラリアのスコットモリソン首相と面会(2021年9月22日 米国防総省にて) 出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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