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.国際  投稿日:2022/10/13

中国共産党第19期7中全会の謎


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

 

【まとめ】

・第20回党大会で習近平総書記が、江沢民以来確立された党指導者10年の任期制限を打破しようとしているが、党内で受け容れられるか否か注目集まる。

・中国共産党はイーロン・マスク氏氏による台湾特別行政区設置の提案に対する否定的な態度から一転し、氏の提案を受け入れた。

・10月8日から7中全会が開催された9日にかけ、「改革・開放」を謳う「反習派」が「習派」を抑え込んだ可能性が考えられる。

 

よく知られているように、今年(2022年)10月16日、中国では第20回党大会が開催される。そこで、習近平主席の総書記第3期目が実現するのかどうか、世界の耳目が集まっている。だが、その直前(10月9日)に開かれた第19期7中全会には謎が多い。それを紹介しよう。

まず、第1に、7中全会が北京市のどこで開催されているのか、正確な場所は不明(a)である。ちなみに、会議では、中国共産党第20回全国代表大会への第19期中央委員会報告、通称「第20回党大会政治報告」、「第19期中央紀律検査委員会の作業報告」、「中国共産党規約(改正)」などが審議・採択される。その3本の報告書が次期党大会に提出され、検討される予定である。今回、習近平総書記が、江沢民以来確立された党指導者10年の任期制限を打破しようとしているが、党内で果たして受け容れられるか否かだろう。

第2に、10月9日午後1 午後1時過ぎに出た新華社通信の全体会議に関する報道は、全体が200字強と極めて短く、習氏一人の写真も全体会議の写真もなかった(b)。異例である。

第3に、「習近平中央委員会総書記が中央政治局を代表して全体会議に工作報告を行い(下線は引用者)、全体会議に第19期中央委員会報告の討議草案を説明した」という。特異な文言である。実は、過去の報道はすべて胡錦濤(江沢民習近平)中央委員会総書記が重要な演説を行った(同)、という表現であった。「○○○は中央委員会政治局を代表して工作報告を行った(同)」というフレーズは見当たらない。

第4に、7中全会が注目されているにもかかわらず、CCTVで夜7時に放送されるニュースでは報道されなかった。他方、同日の『解放軍報』第2面には、「万全の体制で『もしも』に備えよ」という記事が掲載(c)された。その文章の中では、鄧小平と毛沢東の言葉が引用されているが、なぜか習主席及び主席の言葉に関して、まったく言及されていない。

さて、最近、英『フィナンシャル・タイムズ』紙は世界1の大富豪、イーロン・マスク氏にインタビューを行った(d)。その際、マスク氏は中台関係にも言及したが、彼は台湾をめぐる両岸の紛争は避けがたいと見ている。そして、独自の解決策を提示した。

「私の提案は・・・、台湾の特別行政区を合理的に考え出すことだろう。そしてそれは可能であり、実際、おそらく香港よりも寛容な取り決めをすることができると思う」と語った。しかし、台湾の与党・民進党は、すぐさま、マスク氏の提案(台湾の“香港化”)を拒否(e)している。

一方、マスク氏への北京の態度は10月8日から9日にかけての24時間で“拒絶”から“歓迎”へと逆転した(f)。台湾がマスク氏の提案に猛反発したのとは対照的に、いったん北京はマスク氏の提案を拒否したが、その後、すぐに心変わりしている。

10月8日、中国外交部の毛寧報道官は、定例記者会見で、台湾の特別行政区に関するマスク氏の提案について初めて質問された際、歓迎する姿勢を示さなかった。他方、CCTVは報道で、マスク氏が不適切な発言をし、台湾問題に対し「妄言」を吐いたと非難している。しかし、中国共産党のマスク氏による台湾関連の提案に対する態度は、その数時間後に180度変化した。

(マスク氏と何度か会談したことのある)中国の秦剛駐米大使は、(米東部時間)8日の午後遅く、マスク氏の台湾特別行政区の提案に対し、公に感謝するツイートを行った。秦大使のツイートが拡散された数時間後、翌9日、毛寧報道官は定例記者会見で、前日のマスク氏による台湾特別行政区設置の提案に対する否定的な態度から一転し、マスク氏の提案を受け入れた。毛寧報道官は、「国家主権、安全保障、発展利益の確保を前提に、台湾は特別行政区として高度な自治権を行使することができる」と述べた。

我々が刮目すべきは、北京の態度が急変した日時である。10月8日から7中全会の開催された9日にかけて、「改革・開放」を謳う「反習派」が「習派」を完全に抑え込んだとは考えられないだろうか。そうでなければ、対米融和政策に転じた秦剛大使や毛寧報道官の態度急変は説明がつかないだろう(ただ、今年4月下旬にも秦剛大使と趙立堅外交部報道官が、突如、対米融和政策に転じた事があった)。

〔注〕

(a)『万維読報』(2022年10月9日付)

「(風音や鶴の鳴き声を聞いて疑心暗鬼になる) 無名の地で第19期第7中全会が開催される」

(2022年10月9日付)

(https://video.creaders.net/2022/10/09/2534361.html)。

(b)『中国瞭望』

「第七全体会議が開催 党メディアと軍報に3つの奇妙な事が現れる」

(2022年10月9日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/10/09/2534445.html)。

(c)

(http://www.81.cn/jfjbmap/content/2022-10/09/node_2.htm)。

(d)『FT』

「イーロン·マスク氏:『あなたは楽しんでいませんか?』」

(2022年10月7日付)

(https://www.ft.com/content/5ef14997-982e-4f03-8548-b5d67202623a)。

(e)『聯合早報』

「マスク氏が台湾海峡での紛争を防ぐため、台湾を特別行政区にすることを提案」

(2022年10月8日付)

(https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20221008-1320782)。

(f)『VOA』

「台湾はマスク氏の台湾関連の提案を拒絶 北京の態度は最初冷淡で、その後熱くなり、急変する」

(2022年10月9日付)

(https://www.voachinese.com/a/beijing-first-rejects-then-accepts-musk-claim-on-taiwan-while-taiwan-slams-it-20221009/6782368.html)。

 

トップ写真:中国・北京で開催される第20回党大会の一環として行われた、習近平主席の指導者としての年月を紹介する展示会。 2022年10月12日

出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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